▼ 29
『それは良かった! みんなリツの復帰を待っているよ』
PDAから映し出されたスカイハイの爽やかな笑顔。
サーカスに一緒に行った時も、今はヒーローのスカイハイは関係なくて、この笑顔は自分ひとりに向けられているのだと思うと嬉しくて頬が緩んでしまう。
ホテル暮らしをやめ、シルバーステージのマンションへと引っ越した。
新しく揃えた家具に囲まれて嬉しい反面、だいぶ減った貯金にため息を禁じえない。
また頑張らなくては。
「ご迷惑をおかけしました。明日アニエスさんに会いに行って戻る日を決めます」
『迷惑だなんて。そんなことは全然ない!ないとも!』
明日トレーニングセンターにお詫びのお菓子でも買っていこうか。
また明日、と言って通信を切りベッドにダイブ。
怖がることは無かった。大丈夫、ウロボロスはたまたまだったんだ。
たまたま、そんな事件があっただけ。
冷静になれた今、こんな事で仕事を休んだ自分が恥ずかしい。
でも似たような境遇の人が近くにいたのは意外だった。
バーナビー・ブルックスJr.
彼は何かウロボロスについて掴んだのだろうか。
トレーニングセンターの廊下で詰め寄る彼は必死で、少し怖かった。
今まで自分の両親のことを知りたいとか、仇を取ろうとかそんなことは考えたこともなかった。
枕に手を伸ばし腕の中に引き込む。ぎゅっと抱きしめれば早くなりかけた心臓がまた落ち着きを取り戻す。
私の両親はユーリさんの両親。
とっても優しいふたりと、兄のユーリさんと一緒にいれて幸せだった。
バーナビーさんは、そういう人はいたのかな。
ずっと復讐を考えて生きてきて、そのためにヒーローになって。
ーー考えるのはやめよう。
私はきっとバーナビーさんの力にはなれない。
*
「お!うまそーだな!」
「タイガーさんもどうぞ」
フォートレスタワーのヒーローショップでお詫びにとクッキーを買ってきた。
トレーニングセンターのテーブルにメモと共に置いておくことにした。
もちろん会えた人には直接謝罪するけれども。
「ミスターレジェンドだ!」
タイガーさんは早速クッキーを手に取り、その絵柄に目を輝かせた。
「缶もミスターレジェンドなんですよ」
蓋をひっくり返して見せれば彼はより一層テンションが上がったようだった。
「珍しいな、ミスターレジェンドチョイスなんてよ」
「え?そうですか?
フォートレスタワーで買ったんです。ミスターレジェンドの新作はあそこしか置きませんから」
引退したヒーローのグッズは作られなくなりじょじょに市場からその姿を消す。
量は少ないが今でもグッズの作られるミスターレジェンドはヒーローの中でも別格だ。
まさか身内贔屓です、なんて言えるはずもなくとりあえず笑ってごまかす。
「うめーな!サンキューリツ」
「良かった……お休みしていてすみませんでした」
「まあ、元気に戻ってこれておじさん安心しちゃたよー」
ぐしゃぐしゃと頭をなでられた。
す、とタイガーさんの顔が近づいて小声で囁かれた。
「バニーにいじめられたらすぐ言えよ」
「え?」
「ホラ、あん時バニーが……ほら、えっと……」
ああ、休みをとる前の廊下でのことか。
「いじめられた訳ではありませんよ。バーナビーさんに非はありません」
私も小声で返す。
自分自身の弱さが原因なのだから。
「何の話だい?」
「スカイハイ! お疲れ様です。良かったらこれどうぞ」
スカイハイの声に心臓が跳ね上がった。
「ありがとう!二人は仲がいいんだね?」
「い、いやーなんつーか、その、コレ!ミスターレジェンドが珍しいからさ、売ってた店聞いてたんだよ!」
「そうなのかい?」
小首をかしげる彼スカイハイにクッキーの缶を見せた。
「ミスターレジェンドの新しいグッズは一年ぶりなんですよ」
なんとなくバーナビーさんの事は言いづらくて、タイガーさんに合わせてごまかす。
スカイハイは、私がウロボロスに怯えて逃げたと知ったらどう思うのだろうか。
真性のヒーローからしてみれば情けないと思われてしまうのかな。
prev / next