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▼ (18)蝶々

ばたん、とドアがしまる音で目が覚めた。

しまった、寝てしまった。
慌ててベッドを見るとそこにはカカオさんの姿はなかった。

「あれ、すんませんねぇ起こしてしまいました」

最近聞きなれた妙なイントネーションで話す声に振り向けばドアの前にシャツとスラックス姿のカカオさんが立っていた。

「シャワー浴びてきただけです。ちゃんと外のヒーローはんにバスルームまでお供してもろたんで大丈夫ですよ」

水気の残る髪を手ぐしでかきあげ、衣服を整えていく。

「なんかそんな見られると照れますなぁ」

「あ……すみません」

「そんな真面目な。
あっちの部屋に交代のヒーローはんいらしてますよ」

時計を見れば6時半。思ったよりロックバイソンさんは早く来てくれたようだ。

「氷もありがとうございました。おかげさんでだいぶ楽になりましたよ」

まさか。軽く冷やしただけで良くなるはずがない。

フェイスガードを下ろし視覚素子が伝えてくる情報を見ればやはりそれは真っ赤な嘘のようだった。

「かなりの高熱に見えますが」

「そーゆー心配は彼女さんにでもしてあげたらええんですよ
これくらいの事で休むわけにはいきまへんねん。
今日のチケットは完売御礼!
いやー有難いですなぁ!」

にんまりと口を三日月型に歪め笑う。寝る前とは打って変わって完璧な仕事モードだ。

「さ、バーナビーはん。ボクは着替え取りにあっちのホテル行かな……またお会いしましょ。
バーナビーはんもゆっくり休まれてくださいな……ほな」

ドアを開ければロックバイソンさんがいた。

スカイハイさんの姿は既になく、広いスイートルームに一人になってしまった。

「これは……」

サイドテーブルに見覚えのあるものを見つけた。
黄色に蝶のシルエットのカフスボタン。

カカオさんの忘れ物だ。

「?」

ーーこの模様はどこかで……
見覚えのある模様なのに思い出せない。

とりあえず届けなくては。

うたた寝では取れなかった疲労を無視してカカオさんを追いかけた。












「お咎めなしってどういう事ですか!」

睡眠を取りシャワーを浴びて公演の終わったカカオさんとシャルルの警護に向かえばそこには警察とアニエスさんがいた。
そこで聞かされた顛末につい大きな声が出てしまった。

「私も納得出来ないわね。今までのスワローテイルに関する放送も禁止ですって?冗談じゃないわ!」

簡単な事情聴取を終え言い渡されたのはお咎めなし。
盗んだものは返却されているし、だれもスワローテイルを訴えることはしないという。
放送してしまったものは仕方が無いが、今後放送予定の撮りためたものは捜査資料として没収、放送禁止。
重ねて起きた昨日の事件は文字通り『揉み消された』


「どういう事ですかカカオさん」

「さあ……華やかな世界の裏っかわはそんな簡単に説明できませんて」

しい、と人差し指を唇に当て、彼は怪しく笑った。











結局サーカスの興行は日程通り行われた。
大人気トリニティ・サーカスの最後の公演とあってシュテルンビルトの内外から観客が押し寄せ観客動員数は世界記録を塗り替えたらしい。


あれから大きな事件もなく、ちょこちょこ不審者を警備員が取り押さえたり、
シャルルのストーカーを捕まえたり(ストーカーの数は二桁に上る)とまあ、このままなんとか平和に終わりそうだ。

明日は楽日。フィナーレの特別公演がある。
それが終わればサーカスは解散、カカオさんもシュテルンビルトを去る。

「あらら?バーナビーはん?今日は私服なんですねえ」

明日の準備にせわしなく動く彼を掴まえれば、いつもと変わりない笑みを貼り付けていた。

「ええ。個人的にカカオさんとお話がしたくて。今お時間よろしいですか?」

「あーんましたくない話しな気がしますなぁ……
ええですよ、なんでしょ」

「スワローテイルの件です」

「全然個人的と違いますがな」

「いいえ。これはごく個人的なことですよ。
最後の大仕事、というヤツについてです」

「……」

彼の笑顔は変わらない。
リハーサルの日に届いたスワローテイルの犯行予告状。



シュテルンビルトメディア王
あなたの魅力をいただくわ

私の最後の大仕事、キレイに撮ってね byスワローテイル



「シュテルンビルトのメディア王とはアルバート・マーベリックの事ですね?」

「ああ、その事ですか」

とん、と彼はステッキで床を叩いた。

「バーナビーはんも知ってのとおり、スワローテイルの報道は一切の禁止……よって名指しで狙う意味が無くなってしまいました
今までは社会的制裁の意味も込めてわざわざ派手な行動していたわけでして。

それに、シュテルンビルトのメディア王のはボクの勘違いでしたわ。せやから中止ですな」

「どういう事ですか」

カラカラと楽しそうに笑い、カカオさんは唇の前に人差し指をあてしぃ、と小さく息をはいた。

「チャームはボクだけや無かったちゅうことですわ。
……まあもうメディア王の手元にはないみたいやし、
アレやと知らんままにコレクションとして手に入れとっただけみたいやしね。
悪用する気がないならスワローテイルの出番はありまへんのや
ボクのチャームでないならボクが無効化することは出来ひんのでね……

良かったですなぁ、お義父さんが悪い人やなくて」

「!」

ーーどうして僕の養い親だと知っている!

「そうそうこれ、差し上げます」

カカオさんは袖からカフスボタンを片方だけ取り僕に差し出した。

「蝶々のカフスです。蝶は成功、変化、終わらない輪廻を表します。
白い蝶は魅力、成長、幸福、黒い蝶はその逆。
いつかバーナビー『さん』が真実に気付けるよう祈ってますよ」


けたけたと笑いながらカカオさんは大道具の中へと消えていった。

黄色地に黒い蝶のカフス。

スワローテイルは白い蝶のマスク。


ーー僕は一体、何に気づけば良いのだろう。




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