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▼ (17)寝物語

「はぁ……もうあかん……眠い……かんべんしてぇーなぁー」

「ダメです事情聴取は受けてもらいます」

スワローテイルの衣装のままクイーンサイズのベッドに倒れ込むカカオさんに思わずため息が出る。

「シャルルは免除なんやろー?
ボクチャーム使うてもうへとへとなんよー」

「元気に犯人襲っていたように見えましたが」

「……せっかく昔のヤツ無効化したんにまた50個も増やしたくないやん。見つけて無効化するのに何年かかると……
ここまでやっと減らしたんよ……
今までの苦労が……あかん泣けるわ……

スワローテイルの格好で精一杯威嚇してももう泣きそうやったんやで
そもそもバーナビーはんが止めなければあのまま回収できたのに……ほんま泣けてくる……」

「す、すみません……」

カカオさんは枕にすがりつきベソベソと湿っぽく泣き言を延々と吐いている。

正直耳を塞ぎたい。
僕自身昨日の夜から仮眠をとっただけでずっと働き詰めであまり泣き言を聞きたくない。ストレスが溜まる。

「……まあバーナビーはんも休んだらどうです。ヤローとベッドで同衾は嫌でしょうしソファでどうぞ。
立ったまんまは辛いでしょう」

枕に顔を埋めたまま喋るので声がくぐもっている。
お言葉に甘えてソファに腰掛ける。背もたれに身をあずければ無意識に深く息を吐いてしまった。

ヘルメットのスピーカーからおじさんの声が聞こえる。
『バニー、カカオさんの事情聴取は明日の公演後になった。それとドアの中で今夜はバニーが護衛、ドアの外でスカイハイがいる事になった。
朝には交代でロックバイソンが来る。
俺はシャルルちゃんの方にいるから何かあったら連絡してこいよ』

護衛と言うよりは監視の意味合いが強いのだろう。スワローテイルに逃げられないように。
しかし「公演後」とは一体どういうことだろう。
こんな事があってなお明日公演するのだろうか。

「分かりました。ーーカカオさん、事情聴取は明日公演後になりました。
あなたのボディガードとして今夜は僕がこのまま部屋にいます。
ドアの外の部屋にはスカイハイが待機していますので」

「……はぁ、ご苦労さまです……
聴取が明日なんは助かりましたぁ
寝てもええですよ、バーナビーはん。ボク、多分朝まで起きまへん……」

カカオさんはぐるりと寝返りを打つとベルトを緩めた。

「義足やさかいこのまんま寝ると痛くてなー見苦しゅうてすんまへんなぁ」

もぞりもぞりと手探りで義足を外していく。

ガチ、と硬い音を立てて彼の下半身がずれた。

「……寝物語に、まあ、昔話でもしましょうかね」













「ボクとシャルルがサーカスに売られた話は聞きましたよねぇ
やたらとコナーがたこ焼き差し入れしてくるんでなんか喋ってそうですなぁ……」

「ええ、聞きました。あなたとシャルルさんの性格が今と真逆だとも聞きました」

「あのおっさん……」

舌打ちを一つし、カカオさんは寝返りを打った。いつもきっちりとセットされている髪は見る影もなく乱れてしまっている。

「まあ、シャルルが姉ですからね。弟を守らななーとでも思ってたんやないですかね。
でもまぁ、その明るさは続きませんでしたけどね。
前の団長がシャルルの人気に目ェつけまして……あの見た目は成長ホルモンの阻害薬飲まされたり食事もらえなかったりでまあ、作られたもんなんですわ」

「!」

ドアの向こうで物音がした。
すまない、と聞こえたのでスカイハイさんだろう。

「まあ根は生意気な姉でして。まぁ躾られる躾られる……シャルルが五体満足なんは奇跡なんちゃうかなーって今でも思いますわ。
連帯責任て僕までしばかれましたけど」

くつくつと肩を震わせてカカオさんは笑う。正直笑うようなことではないと思う。

「ボクの足は、前の団長が、ね。
まあボクのネクスト能力の使い道が分かってからは、
あんまし手ひどいことさはれんかったけど。
それでもあの人は色んな団員に当り散らして。理不尽やなぁーと子供ながらに思った次第でございまして」

壮絶だ。言葉が出ない。
思わず口を覆うとカカオさんは横目で僕を見て笑った。
ステージで見せるような笑い方ではなく、なつかしむような、そんな優しい笑い方。

どうしてこの人はそんな辛い記憶をこんなに優しい顔で語れるのだろう。

「リックが……前団長が事故で死んでホッとしましたわ。
シャルルがご飯食べれる、ボクも、人がおかしくなるモン作らされずに済む。
みんな痛い思いをする事はなくなるーて。

でも、ボクらサーカスが残した遺恨は無くなったりはせぇへんのな」

遺恨

「華やかな世界には暗ーい裏っ側がある。
前団長が残した人脈はそのまんま受け継がれてしもうて……
その人たちと付きおうてくうちに気づいてもーたんです。
ボクの強いチャームをかけた者を所持している人が徐々におかしくなっていくんよ……
はじめは気のせいかと、偶然やと思ったんやけどね」

徐々におかしくなっていく?
チャームのかけられたものを目の前にすると動けなくなる事ではない?

「なんちゅーか、まあ、目的のために手段を選ばんようになると言うか、えらい短絡的になると言うか……
まともな思考が出来なくなるんやなー

勘違いをしたり、変な妄想に囚われたり。
最後にはABCも書けないくらいやばいお人もおりました……
あーあかん。バーナビーはん、ジャケット脱がせてください……暑い……」

真面目な話をしていたかと思えば。
もぞりもぞりとボタンを外し袖を抜こうとするが、
義足を外しており踏ん張りが利かないのだろう。一向に袖は抜けない。

僕はため息を堪え立ち上がり彼のベッドに歩み寄る。
義足をベッドから下ろし立てかけ、ジャケットに手をかける。
仕立ての良いジャケットはするりと抜け、力なく彼の腕が落ちた。

ハンガーにかけ、今度は襟元も緩め、カフスボタンも外しサイドテーブルへ置く。ちらりと手首が覗き、その傷に思わず目を見張る。

「おおきに、バーナビーはん」

よく見れば首の後ろにもケロイド状の傷跡があった。
僕の顔を見てまたカカオさんは笑った。

「チャームは使うと負担が大きすぎてなぁ……はー暑い……一気に50は初めてやわ
最近こんなどぎついチャームなんてやっとらんかったから余計に……ああムカつくわ。
ええとどこまで話したんやったかな……そや、頭おかしい人がな……

やからサーカスのみんなと話し合って回収する事にしたんや……
もちろん話し合いで解決は無理やった。
モメにモメて、まあ今のスタイルになったんですわ」

サーカス全員がスワローテイルとグルなのか。
それならば複数のスワローテイルが存在したのも頷ける。なんとなくシャルルがスワローテイルでその助けとして団員が動いているものだと思っていたが。

「本物のスワローテイルは誰なんですか?」

「本物なんておりまへん。まあ、こなした回数で決めるんならボクかなぁ……
シュテルンビルトではだいたいボクが動いとったしなぁ……」

「では、スワローテイルのテレポート能力についてはどう説明するんですか?
シャルルさんがテレポートのネクストなのではないですか?」

「そりゃ違いますー。
シャルルは正真正銘ネクストやあらへん。
ホントはテレポートなんかしてへんのよ」

テレポートしていない?

「どういう事ですか」

「えふぇくとを背景とおんなじの出しましてなぁ……
あかん、本格的に熱上がってきたわ……今日の話はおしまい。
またあした……おしゃべりしましょ……ばーな……」

呂律が怪しくなりついに言葉が途切れた。
半開きの口からは規則的な深い呼吸が聞こえる。

時計を見れば午前四時。
サーカスの開演はお昼だが、カカオさんは六時には起きて準備を始める。

フェイスガードを下ろしサーモグラフィで彼を見る。
表面温度は約38度。おそらく体温計で測れば39度後半になるはずだ。

見せかけだけのエフェクトではなく、本当の意味で魅せる能力はこんなにも体に負担がかかるのか。

それを子供の時からやらされていたなんて。

音を立てないように立ち上がり部屋を出る。

「バーナビー君」

「スカイハイさん、カカオさんが熱を出していまして。ルームサービスで氷を頼みたいのですが」

「わかった。頼んでおくよ。届いたらそっちに持っていこう」

「よろしくおねがいします」

スカイハイさんも彼の独白を聞いただろう。
ヒーロースーツを身につけたままでは彼の表情はわからないが、きっと彼も……

そこまで考えてかぶりをふった。

「犯人」に同情してどうする。

僕は、ヒーローなのに。








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