▼ (8)リハーサルと裏っかわ1
広いイベント開催区画をすべて貸切り大きなテントが設営されている。
ドームと形容した方が適切かもしれない。
赤、白、黄色のストライプのドームはかなりの存在感だ。
その周りには食べ物の屋台やらグッズ販売の簡易店舗が並び、ドームの本公演以外でも無料で見ることが出来るステージもあった。
「すっげ!」
カカオさんの能力なのかあちこちにフワフワと浮かぶキャラクターやら、地面につくと消える紙吹雪、ハートや星などに飾られた屋台があった。
会場の警備には主にロックバイソンやドラゴンキッドが当たっていた。シャルルのボディガードがない日はスカイハイやファイヤーエンブレムも借り出されていたと聞く。
今日は通しでのリハーサル。公演と何ら変わりのない演技で、関係者やスポンサーも招待されているらしい。
「おっ?タイガー&バーナビーか?」
屋台のおじさんに声をかけられた。
「火力見るのに作ったんだ。食ってけ!」
差し出されたスチロールのパック。
いいんすか、とおじさんは早速飛びついた。
「おいバニー!すっげーうめェぞ!」
「ニィチャンも食べな!」
「ありがとうございます」
営業用の笑顔を作り新しく盛り付けられたパックを受け取る。
「何ですか、これ」
「バニー知らねえの?タコ焼きっつって、中にタコ入ってるんだ」
タコ。オクトパス。
「あー、そっか。タコこっちじゃあんまり食わねえんだっけ?うめーんだけどな」
「安心しな!そっちのニィチャンのは中身チーズとウインナーだ!」
その言葉に安心しひとつ口に入れる。
「美味しいですね」
二力、と屋台のおじさんは笑った。
「シャルルの相手大変だろ?」
「!」
「あいつが買われてきた頃から俺ァサーカスにいるんだけどな、初めは明るい子だったんだよ。
逆に一緒に来たカカオなんかは無表情で愛想悪くてなーんも喋んなくて……今じゃ逆だけどな」
「だっ……買われてきたって」
「あ?知らねェのか?結構有名だぞ。このサーカスのネクストのほとんどは親や孤児院から売られた子供ばっかだ
ホラ、あちこちで公演するだろ?そうすっと親がネクストの子を連れてくるんだよ。
昔はネクスト差別がひどかったからな」
「じゃあシャルルちゃんもネクストなのか?」
「さあな。ネクストだとしても演技見る限り使えるネクストじゃ無かったんだろうな。シャルルは体張ってるからなぁ……
まァ、ネクストじゃなくても売られてくる子供なんて沢山いたからな。
今じゃカカオが団長になってそんなことも無くなったし、児童福祉法だっけか?
公演に出らんねぇ15歳未満の奴らに里親探してやったりして……」
屋台のおじさんは丸いヘコミのある鉄板に油をなじませまた生地を流し込んだ。
「トリニティサーカスももうおしまいさ。芸を仕込むガキが居ねえんじゃハナシになんねェ。
今回の公演で解散だ。シャルルもカカオも今度こそ幸せになって欲しいもンだ」
「……」
タコのぶつ切りを落とし、よくわからない具材をばらまいていく。
「おっちゃんはネクストなのか?」
「オレか?オレはネクストだが怪我してからはもっぱらコッチ担当だな。
壁の向こうが見えたり目瞑ったり目隠ししても目の前が見える。そんで目隠ししたまま綱渡りしてたら落っこちてな」
がはは、と豪快に笑う。
「カカオが前の団長から庇ってくれなきゃ今オレはここにいなかっただろうな」
細い目をさらに細めた。
彼の目には当時の彼らが映し出されているのだろうか。
「だいたいテントの外にいる奴らはそんな感じだ。昔は使い物にならない奴は捨……置いてかれるのが当たり前だったのさ。
それをカカオが引き止めてこうして商売を始めたのさ」
カカオさんは若いのにやり手だ。人望も厚いのだろう。
「シャルルよりチビだったカカオが今や団長だ。いっつもシャルルの後ろにひっついて回って……懐かしいな」
細い道具でたこ焼きの形を作っていく。カシカシと手際よく丸められてあっという間に綺麗な丸になった。
パックに詰めようと店主が手を伸ばすとディスプレイしてあったタコの置物が倒れた。
「おっと」
同時にぱっと屋台を飾っていたタコ焼きのエフェクトが消える。
店主がタコを掴み上下にシェイクするとまたタコ焼きのエフェクトが現れた。
「……これはどういう仕組みなんですか?」
「ああ、カカオのネクストだ。こうフワフワしてりゃ華やかだろう?
だけどいつもカカオが張り付いて能力使うわけにもいかねえから、
こうして置物に能力かけておくんだ」
物に能力を定着させる……?
「他のお店も同じものが?」
「ん?だいたいあると思うが……うちはタコの置物だけどほかの店は何だろうな。まァ何かしらあると思うぜ」
手際よくピックのようなものでタコ焼きをパックに詰めていく。
「出来立ては無理だが明日も控え室に差し入れするからよ。
ほかのヒーローにもうちのタコ焼きの旨さ広めといてくれよ!」
*
ほかの屋台からも話を聞けばやはりカカオさんの能力を移した物が存在した。
ネクスト能力を物に移すことが可能であることが分かっただけでもかなりの収穫だ。
収穫はそれだけではなかった。
僕とおじさんがシャルルのボディーガードだとみんな知っていて、
シャルルを守ってやってくれ、サーカスの解散後もシャルルに幸せになって欲しい、と皆口を揃えて言うのだ。
売られた彼女に対する同情ではなく売られてきてからの『シャルル』としての生き様に皆胸を潰されるような想いを抱えているようだった。
「ひでぇ話もあるもんだな」
「……ええ」
子供の時からのシャルルの人気に目をつけた前団長は、シャルルが子供のままでいられるように、成長しないようにと手を尽くし、今のシャルルが『出来上がった』らしい。
明るかった性格はカメラの前とステージ上でしか見ることが出来なくなった。
金儲け主義で使えない人材は切り捨てる。
小さな子供への暴力や能力の搾取。
カカオ・ローストの能力を移したものは高値で取引されていたらしい。
「カカオさんと同じことを出来るネクストがスワローテイルに狙われているものを創り出したのでしょうか」
「だろうな……あの団長さんが『本人』なら話は早いんだけどなぁー。
どう見ても種類違うしな」
イベント開催区間全てをぐるりと周り地理の把握に努める。
犯行予告は明日。
カラフルなテントを振り返る。
明日のオープニングイベントが一つの区切りになる。
何も起きなければいい。
嫌な予感がする。
予感なんて非科学的なものを信じている訳では無いのにもやもやと変なものが胸に渦巻く。
後味の悪い思いは、したくなかった。
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