▼ (5)サーカスの少女
あれはなんだったのだろう。
いばらの女王が現れた途端、その場にいた人間すべてが女王に魅入られてしまったかのように目が離せず、
指先を動かすことも叶わなかった。
盗まれてから一週間、いばらの女王は無事に持ち主であるジョージ・ブラウンに返却された。
彼は戻ってきたとたん泣き崩れて部屋から一歩もでなくなったらしい。
あらためていばらの女王を目の前にしてもあの不思議な感じはしなかった。
「サーカスのオープニングイベント?」
「そ。脅迫のお手紙が来てるらしいんだよね」
ロイズさんからパンフレットを手渡される。
トリニティ・サーカス
「コンチネンタルでの興行終了、次はシュテルンビルトに来るんだって。すごい人気なんだよ。
それでもサーカスは解散、今回が最後の公演だから国内外からかなりのお客さんが押し寄せてくるみたいだね。
団長がネクストでエフェクトのようなものを出せるんらしいんだけどね……
それとこの子ね、シャルル。曲芸から歌、アクロバットもなんでもできるサーカスの目玉。彼女のブロマイドの売上は世界で一億を超えたそうだよ」
「だっ!すっげぇ……」
パンフレットをめくるとそこには派手なメイクをした道化たちと、中央にひときわ目立つ少女が写っていた。
「その子を殺して興行中に爆破するんだって。気合い入った犯罪予告だよまったく」
シャルル
肩口で切りそろえられたピンクの髪に真っ赤な口紅。目尻にはやたらと長いつけまつ毛がくるんと踊っていた。
「彼女の護衛をしながら会場設営の警備もヒーローで交代しながらやることになったから」
*
「どもー!トリニティサーカス団長のカカオです。こっちはウチの看板娘シャルルちゃんでーす!
………………ほらシャルル!」
「はじめまして、トリニティサーカスのシャルルです」
目の前にはぶすっとふくれている小さな少女。
目を合わせてはくれないようだ。
「ど、どーも、ワイルドタイガーです」
「バーナビー・ブルックスJr.です」
「いーやーもうテレビ見てます!ヨウチューブも見ましたよぉ!!ヒーローかっこええですな!!
ああー!自分もすんごいネクストやったらヒーロー目指したかったわぁー」
ピンクヘアーの少女は虎徹さんが差し出した手を睨んでいた。
「ほらシャルル握手!すんまへんこの子人見知りでーもぉほんまにすんまへん!」
この態度は人見知りで済むのだろうか。
カカオと名乗ったトリニティサーカスの団長はにこやかに笑っているものの、話す言葉に独特の訛りがあって聞き取りづらい。
「ボディーガードなんかいらないって言ったのに」
「シャルルちゃーん!!あのね、講演の度にストーカー量産する子がなに言うてんの!」
「自分の身くらい自分で守れる」
「無理やからこうしてヒーローはんたちにお願いして来てもろたんよ?
はい、ちょっとお口ミッヒィーちゃんな? な?」
団長のカカオがネクスト能力を発動させてシャルルの口の前に×を表示させる。
目測約150センチの少女は嫌そうに首を振るがピタリと×印は彼女の唇にくっついていた。
「カカオ嫌い」
「はあ……シャルルのポッケのチョコレートが泣くで。
あ、タイガーはん、バーナビーはん、この子扱いづらくなったらチョコレートあげてくださいな」
はい、と小箱を手渡される。
「シャルルちゃん餌付け用高級チョコレート」
カカオさんからぱちんとウインクされた。
「なんかあったらそれでよろしくお願いしますわ」
「はあ……」
この仕事が三週間も続くのか。
仕事用の笑顔を保てるか今から不安になってきた。
*
「よ、よろしくな〜シャルルちゃん」
ホテルの部屋。
彼女の撮影が始まるまでカカオさんに待機を命じられこの部屋に押し込まれた。
「おじさんと遊ぶ?」
「子供扱いしないで」
手鏡でまつげや化粧を確認しながら彼女はつまらなそうに答えた。
「だっ シャルルちゃん今何歳なの?6年生くらい?」
ぴた、と彼女の手が止まった。
「お?正解?」
彼女の扱いに困っていた虎徹さんはやっと取っ掛りができたとばかりに笑顔になった。
「5年前に児童福祉法が制定されてサーカスに15歳未満は出演してはいけない決まりになっている。年は公開してはいけないの。おじさんが思っているよりは上」
絶句。
「サーカスは18年やってる」
「だっ!!!?」
……彼女は謎だ。
*
プロモーション撮影中の彼女はまるで別人だった。
心底楽しそうな笑顔で、ほっそりとした体からは考えられないようなアクロバットを披露する。
「すげえな……」
おじさんも目を丸くして見入っていた。
18年サーカスをしていると言ったか。
5歳で始めたとしても23歳。
全くそのようには見えない。
「そのまんまでも美少女って感じだけどよ、なんかこう笑ってるとストーカー量産するってのもわかる気がするな」
たしかにそれは言えている。
カカオさんの花のエフェクトに囲まれて踊っている姿は不思議な魅力に溢れている。
音楽が止まり、照明が落とされた。
「お疲れさま〜シャルル。今日もかあいかったで!」
「お疲れ様です団長。疲れたので部屋に戻りたいんですが」
肩で息をしながらもカカオさんや周りのスタッフににこやかに対応する。
「なーんか出会ったばっかのバニーちゃんみてェ」
「どういう意味ですか」
「そのまんまだよ。その逞しいお胸に手を当ててよーく考えるんだな」
「タイガーさん、バーナビーさん部屋に戻りましょう」
初めて向けられた満面の笑みに頬がひくつきそうになった。
そうか、こういう事か。
*
「いやー、凄かったなー!おじさんネクスト使ってもあんな動きできないわ」
「……」
「おっ?サイン書くの?かっこいいサインだなー。自分で考えたの?」
「……」
「えっ キスマークもつけちゃうの!?」
「少し黙っておじさん」
部屋に戻ると彼女は黙々と色紙にサインを量産し始めた。
三枚書くごとに口紅を塗り直し唇を押し付ける。
「お、おじ……」
おじさんは固まってしまった。
黙々とマジックを走らせる。
企業や番組名など宛名を見る限り全てプレゼント用のようだ。
どんどん色紙の山ができていく。
かすれ始めたマジックをゴミ箱に放り投げ、新しいペンをとりまたサインをする。
「何枚書くんだそれ」
「……」
無視。
「あ、あーシャルルちゃん、チョコレート食べる?」
ピタリと彼女の手が止まった。
「たべる」
なんとか彼女とコミュニケーションを取ろうとおじさんが苦し紛れに差し出したカカオさんからのチョコレート。
小箱を開ければ色とりどりのホイルに包まれたチョコレートが見えた。
細い指で粒をつまみ、包装を破り口に放り込むと、またマジックを握り再開する。
「え、もういいの?」
「食べすぎて成長したら困る」
「チョコ食べたくらいで……むしろもうちっとでかくなった方が「セクハラ」
「へ?」
「セ・ク・ハ・ラ」
「だっ!! シャルルちゃん!?」
おじさんは彼女にじろりと横目で睨まれる。
「サイテー」
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