▼ (3)いばらの女王
「次はいばらの女王?」
「あ、これボク知ってるよ!」
緊急だとアニエスさんから呼び出されトレーニングセンターに向かえば予想通り、スワローテイルからの犯行予告についてだった。
「前にテレビでやってたよ! 一年に一度だけ開くおっきなからくり時計なんだよね」
「あらん、ステキ。その年に一度が明日なのね」
手渡された資料には製作者やからくりの構造、コンセプトなどが事細かに書かれていた。
「……おそらく狙っているのはからくり時計ではなく、この中の人形ですね」
幾重にも張り巡らされたカラクリという名のトラップ。
その中心にはピンク色のドレスを着た陶器の人形が座っていた。
折紙先輩も実寸大の写真に指を合わせため息をつく。
「綺麗ですね。陶器の人形で5センチくらい……それでこの繊細さは素晴らしい」
セドリック・ウィルキンソン作
いばらの女王
童話を模して作られたからくり時計で12時、3時、6時とすべて違う仕掛けが軽やかな音楽とともに飛び出す。
一年に一度、中央の閉ざされた扉からこの時計につけられたタイトルであるいばらの女王が姿を現すのだ。
「セドリック・ウィルキンソンは有名ですね。没後150年、今では彼のからくり時計を修理できる職人は世界を探しても片手以下と言われています」
明日いばらの女王お借りします
アナタの魅力をいただくわ
予告状からは指紋も検出されず、カードは一般に売られているものに綺麗にレタリングされたもの。
手がかりは残されていない。
「せめて狙われるものに共通点があれば……」
「そうね、宝石だったり骨董だったり……返すくらいなら盗まなきゃいいのにんもぅ!!」
「明日……どうするの?二回も逃げられて……ボク偉い人に怒られちゃったよ」
どうすべきか。考えがまとまらない。
アニエスさんの唇が妖しく弧を描く。
「フフ。 明日スタジオにいばらの女王を運んでHEROTVで生中継をすることになったの」
「ハァ!?」
虎徹さんが大声を出す。
「中継なんかしたら余計守りづれぇだろ!」
「持ち主が社長の知り合いなのよ。絶対に失敗は許されないわ」
「マーベリックさんの?」
「ええ。ジョージ・ブラウン……ロボット工学の世界では有名な人よ。ロボットの小型動力炉や自己再生素材の研究論文が科学雑誌なんかで一時期すごかったらしいわ。
今は研究からは手を引いていたみたいだけれど」
ロボット工学。父や母の事を知っているだろうか。
「明日の朝彼の家から時計を運び出すわ。中継はいばらの女王が出てくる30分前、夕方5時半から開始よ!」
*
「立派だ!実に立派な時計だ!」
ジョージ・ブラウン氏の邸宅に入るとそこは品の良いアンティーク調の調度品でまとめられていた。応接間に鎮座する大きな時計は作られてから半世紀の時を経て霞むどころかより重厚な輝きを放っている。
その存在感に息を呑んだ。
「守ってくれよ。戻ってきた時には私はもう女王の庇護を受けられないのだから」
悲しみをたたえた声。皺の目立つ手からゼンマイのネジを受け取る。
「女王の庇護とはなんです?」
「君たち人気ヒーローには関係の無い話だよ」
ジョージ・ブラウン氏はちらりと外を見る。
「スワローテイルは本当にたちの悪い泥棒だ」
ため息をついて彼はソファに座った。
「さあ、女王陛下をお連れしてくれ。バーナビー・ブルックスJr.とスカイハイのエスコートなら女王陛下も不満はないだろう」
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