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「ユーリさん早く出て……ユーリさんユーリさん!」
震える手で電話をかける。
彼が仕事中だということはわかっている。それでもかけずにいられなかった。
おじさんが幼い頃の私に何度も何度も言い聞かせた言葉。
恐ろしくて、忘れたくても忘れられない。忘れてはいけない。
いつもは平気なのに一度あの組織のリアルな情報に触れたらおじさんから言われたことが現実になるんじゃないかと怖くてたまらなくなった。
『はい』
「ユーリさん!」
6コール目で繋がった。
「ユーリさんどうしようユーリさん!あの組織が、ウロ『リツ、落ち着いて』
苦しい。息を吸ってもすっても足りない。
『今どこですか?』
「ジャスティスタワーのトレーニングセンターがあるフロア」
『迎えに行きます。落ち着いてくださいリツ。事件のことなら聞いています。電話は繋いだままで』
目の前がチカチカする。エレベーターのボタンの前にずるずるとしゃがみこんだ。
「ユーリさんっ私……怖くなって、どうしよう」
『まだあなたの存在が、正体がバレたわけではないのでしょう?あと1、2分……かからず着きますから』
頭がくらくらする。エレベーターの前、モーター音がやけに大きく聞こえる。
『大丈夫ですよリツ、大丈夫。私があなたを守ります。なんだったら私の権限でヒーローを出動させてもいい』
ヒーロー
ユーリさんのジョークに少し冷静になれた。
スカイハイもいる。ワイルドタイガーもいる。バーナビーもファイヤーエンブレムもロックバイソンも、ブルーローズもドラゴンキッドもいる。
『リツのフロアに着きますどこに……』
エレベーターのドアが開きユーリさんがあらわれた。
「ユーリさんっ」
『大丈夫ですか?立てますか?』
「リツ?」
「!」
「どうしたんだいリツ急に……あ、司法局の」
スカイハイの声。
「ユーリ・ペトロフです。彼女が体調を崩したので迎えに来ました」
ユーリさんの手にすがりついてゆっくりと立ち上がる。
ゆっくりと呼吸を整える。じっとりと汗がまとわりついてキモチワルイが、なるべく平静なふりをする。
……スカイハイには見られたくなかったな。
「大丈夫かいリツ」
「……大丈夫ですよ、スカイハイ。今日は、帰ります」
ユーリさんに支えられて顔を伏せたままエレベーターに乗り込む。
ユーリさんが一礼するのがわかった。
扉が閉じてエレベーターが動き出す。
「話は部屋で。すみません、まだ帰れないので執務室になりますが……」
「お仕事の邪魔してごめんなさい」
頭を撫でられた。
「邪魔ではありませんよ。もっと頼りなさい」
優しい声。
どことなくおじさんの声に似ている。そんなこと絶対に言えないけれど。
バーナビーさんは両親の記憶があるのかな。
私にとっての両親の思い出は、ユーリさんのお父さんとお母さんだから。
バーナビーさんは復讐するつもりなのだろう。
ずっと逃げて守られてきた私は怖くてそんなこと考えたこともなかった。
*
「バーナビーさんから聞いたの。パワードスーツで襲ってきた犯人はウロボロスだったんだって」
ソファに座らせドアを閉じる。
甘めの紅茶を入れて背中をさすってやれば少し落ち着いたようだった。
「そのウロボロスの人はフォートレスタワーのエレベーターの爆弾を仕掛けた人と同じ人だったんだって」
首にウロボロスのタトゥがある男。
今朝報告に上がってきたが、別にウロボロスを狙ったわけではない。
私が狙うのは罪を犯した者のみ。
「それでね、青い炎のネクストがウロボロスの口封じをしてるんだって」
「大体の報告は来ています。大丈夫ですよあなたはそのネクストに狙われたりしない」
私がリツを狙うはずが無い。
「でも!」
「あなたは何も罪を犯していないでしょう」
そうだ。リツにはなんの罪もない。
「ウロボロスがあなたのネクスト能力の本質を知れば狙われる可能性があります。
あなたがウロボロスの一員になりさえしなければ、
そのネクストに襲われる心配はしなくても大丈夫でしょう?
あなたを口封じの対象にする理由が無い」
悪いのは、リツの父親と同じ能力を持つ者を手に入れたがるウロボロスだ。
不安要素を与えてしまったのは私だが、安心させるためにと真実を告げるわけにはいかない。
「しばらく休暇を取るのもいいかもしれませんね」
「え?」
彼女の心が平穏を取り戻すまで。
「念のため引っ越しましょうか。部屋は私が手配します。住所はしばらく移さないほうがいいでしょう」
リツの存在が、ネクスト能力がウロボロスに知られたとは考えにくい。
だが。
ーー忌々しい父親の言葉が脳裏にこだまする。
絶対に、リツをウロボロスに渡したりなどしない。
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