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犯罪者が劫火に焼かれて死亡する事件が多発している。
火器では不可能な程焼かれ尽くしているさまに警察は犯人がネクストであると決めつけ捜査を始めた。
真っ先に疑われたのはシュテルンビルトの誰もが知るヒーロー、ファイヤーエンブレムだった。
「まさかファイヤーさんが疑われるなんて」
「ヒーローTVもしばらく出られないそうだよ」
ドラゴンキッドもスカイハイもこころなしか元気がない。
ヒーローはポイントを競うライバルだが、この街を守る者としては仲間でもある。
この街にネクストは少なくない。ただ、ヒーローとして活躍できるような「ものすごい」ネクストの数となると話は別だ。
ヒーローアカデミーに在籍する生徒の半数以上ーーいや、ほとんどはヒーローとして活躍できるようなネクストではない。
「きっとすぐに容疑は晴れますよ。ファイヤーさんを疑うなんて警察はもっときちんと捜査すべきですね」
トレーニングにも思わず力が入る。
心当たりはないかと刑務所の防犯カメラの映像を見せられたが炎の色が違う。
ファイヤーさんの炎はヒーロースーツと同じ力強い赤で、
映像の炎は青みがかった仄白く幽鬼じみた揺らめきをもつ炎だった。
炎の温度は赤よりも青の方が高いのではなかったか。
学生の頃の理科の授業を脳みその隅から引っ張り出す。
あまり自分の頭に自信はないけれど、もし記憶のとおりならファイヤーエンブレム以上の炎のネクストが現れた事になる。
「怖いなぁ……」
感じた不安が思わず口から漏れてしまった。
「大丈夫さ」
「スカイハイ……」
彼はいつもの笑顔で高らかに言う。
「彼の無実はみんなが一番わかっているじゃないか!大丈夫、すぐに犯人がわかるよ。我々に出動命令が出たらその時は」
「絶対に逃がしたりしないわ」
ブルーローズも、気合が入っているようで渾身のパンチをマシンに叩き込んだ。
*
「え、昨日狙われたんですか?」
「そうなんだよもー物凄いマシンでガガガっと!んでファイヤーエンブレムの車もダダダーで犯人がフォレストタワービルのエレベーターの」
「えーと、つまり?」
擬音が多くて言いたいことがさっぱりわからない。
「つまりファイヤーエンブレムの目の前で犯罪者が焼かれて、疑いは晴れた、と?」
「そう!そういう事!」
良かった。これでファイヤーエンブレムの謹慎も解ける。
「でもよ、もしかしたら犯罪集団の口封じしてる可能性が出てきてよ」
「!」
「ウロ「おじさん」
……ウロボロス?
「そこまではまだ確定ではありません」
やけにバーナビー・ブルックスJr.の目が鋭い。いつもトレーニングセンターでは不機嫌顔だが、これはまるで……
もしウロボロスだとしたら危険だ。
ユーリさんに相談した方がいいのかもしれない。
先日会って大丈夫だと言いきった手前少し言いづらくもあるが。
「バーナビーさん、ちょっと」
手招きをしてトレーニングセンターから出る。周りに人がいないことを確認して切り出だした。
*
「さっきの話ですが、ウロボロスが関係しているんですか?」
「リツさんウロボロスを知って!?」
無表情
いつもはにこやかなこの人がこんな顔をするなんて。
ウロボロスを知っているのだろうか。おじさんはあの時最後までは言わなかったはずだ。
「知っている、というほどではありませんが、ウロボロスという犯罪組織には関わりたくありません」
視線も合わせずうつむいて答える。
この人は何かを知っている。
手がかりはことごとくあと一歩というところで潰されてきた。
この人を逃したら手がかりがまた失われることになる。
「教えてください!ウロボロスとは一体なんなんです!」
「ウロボロスは犯罪組織です。私もよくわかりません……バーナビーさん、ヒーローにこういう事を言うのもおかしいかもしれませんがウロボロスには関わらない方がいいですよ」
「……どうして」
「え?」
「昔、あなたと同じようなことを言う人がいました。ウロボロスの名を出せば殺されると」
「……」
「僕は知らなくてはいけない。手の甲にウロボロスのタトゥがある男を探しています」
「え?」
「そいつが、僕の両親を殺したんです」
リツさんの目が見開かれた。
「バーナビーさんのご家族が、ウロボロスに……?」
「はい」
リツさんの手は震えていた。聞きださなくては。ウロボロスの情報が失われる前に。
「私の両親も、です」
「!」
「これ以上は言えません」
「リツさんは、ウロボロスが憎くないんですか?」
「……」
「……僕は憎い。両親を殺した男を探し出してこの手で「バーナビーさん!」
ピシャリと彼女の声に遮られた。
「あなたはヒーローです。その先は、言わない方がいいと思います」
そう言って彼女は走って行ってしまった。
彼女の両親も自分のようにウロボロスに殺されている。
なのになぜ彼女はウロボロスを憎まない?
なぜ彼女はウロボロスを知っている?
自分がウロボロスという単語一つ知るにも何年もかかったというのに。
彼女はきっと何か知っている。
リツさんが去ったトレーニングセンターの方を見やる。
「!」
リツさんが荷物を抱えて出てきた。そのまま走って行ってしまった。
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