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ワイルドタイガーがまた賠償裁判にかけられたらしい。

なんでも多重事故現場でカーラジオの声を生身の人間の声と間違えトラックを吹っ飛ばしビル二つ破壊したとか。

ここ最近平和だと思ったら。
いったい何年ハンドレットパワーと付き合っているのだ、そろそろ力加減というものを覚えて欲しい。

私に出動命令は来ていない。つまりアポロメディアに賠償をかぶせ指定の贔屓にしている業者に仕事を振るのだろう。

私が他人の仕事を奪うわけにはいかない。

一応ビルと周辺の業者に挨拶と名刺を置いてきた。もし何かあればお手伝いしますよ、と。
もうひとつ。

私の名刺には司法局の文字がある。

あんまり金額ふっかけたり汚い癒着してると大変なことになりますよ、と名刺に笑顔に込めて釘をさすのだ。


今でこそ私がいるので一応相場というものがあるが、以前は建設業者の独壇場、設定金額は酷いものだった。

トップマグはよく倒産しなかったものだとつくづく思う。
それでもヒーロー事業からは手を引いてしまったが。


トレーニングセンターのランニングマシンで汗を流しているとワイルドタイガーがあらわれた。

目が合う。


「だっ!」


「?」


人の顔を見るなり声を上げるなんて失礼な。
「お疲れ様です、タイガーさん」

「お、おう……おつかれ……」

挙動不審。なんだろう。

それからトレーニング中もチラチラとこちらを見てくる。何だかやりづらい。

休憩がてらドリンクボトルを持ってワイルドタイガーのベンチへ向かう。

「何か用事でも?」

「んいやっ、なんでもねぇけど……」

「そうですか?頻繁に視線を感じたものですから何かあるのかと」

タイガーさんは気まずげに頬をかく。

「ほら、派手に壊したからなんか言われそうだなーって……」

なんだそんなことか。

「言いませんよ。バーナビーさんや会社からもさんざん言われたんじゃないですか?
私が言いたいことはきっと全てタイガーさんの耳に入ったかと思いまして」

それを心に留めおいて次回に生かしてはくれないだろうけど。

「それに、今回は私の出番はありません。
事故当時私に出動命令は出ませんでしたし、アポロンメディアやビルの所有者からも特に依頼はありませんので」

「へ?そうなの?」

「いつでも私が出るわけじゃないんですよ」

んん、と伸びをする。
たくさん走って疲れた。そろそろ帰ろうか。

今日はまだスカイハイは来ていない。キングオブヒーローは忙しいのだろう。

会いたいな。


「スカイハイのこと待ってんのか?」

「んぅえっ!?」

ワイルドタイガーの言葉におもわず変な声が出た。

「いや、いつもスカイハイが使ってるヤツ見てたからよ」

「ち、違いますよ!何言って!?」

「ははぁー。顔赤ぇぞリツなるほどなーそういうことかー」

「違いますってば!」

あごのヒゲをさすりながらワイルドタイガーはニヤニヤと口を歪める。

「いーいねぇ、恋。あまずっぺぇ〜」

違う違うと否定してみても、否定しきれないむずかゆい熱が胸のうちにあるのは気づいていた。

が、相手はヒーロー。しかもただのヒーローではなくキングオブヒーローだ。
いくら気遣って貰っても優しくしてもらっても、それは彼がヒーローだからであって私個人に対してでは無い。
だからこそ感情が外に溢れてしまわないようにしていたのに。

「いいいい言わないで下さいよ!?」

「じゃあさっさと引っつけよ」

「無理に決まってますよ何言ってるんですかタイガーさん!」

「あ、スカイハイ」

「!」

ワイルドタイガーの視線を辿ると、ちょうどスカイハイがトレーニングルームに入ってきた所だった。

「おーいスカイハイ、リツがな「言わないでっ言いましたよねぇ今!!」

ああもうこのおじさんは!!

わりーわりーとヘラヘラ笑っている。絶対私をからかって楽しんでいる。

「お疲れ様ですスカイハイ。では私はこれで!」

「あ……リツ……」

ああどうしよう絶対変だと思われた。トイレに駆け込み鏡に映る自分の顔を見てため息をつく。
真っ赤な顔。

一応ワイルドタイガーにメールを送る。

「スカイハイにばらしたらあなたが壊した物の修繕しませんからね」


よし。送信完了。
卑怯な手だが致し方ない。乙女のピンチということにしておく。


ああもう最悪。シャワー浴びて帰ろう。

私はとぼとぼと更衣室に戻った。














「何かあったのかい、ワイルド君」

「いんやー、まあいろいろあったけど内緒」

リツが声を荒らげる所を初めて見た。
彼女はいつだって冷静で、でもたまに見せる笑顔がとても可愛い。

「俺とリツの二人だけのヒ・ミ・ツ」

ニンマリと笑うワイルド君に、自分の胸の奥がチリチリと痛む。


『ヒミツですよ?』


彼女との秘密を持っているのは私だけではなかった。

「……そう言わずに教えて欲しい、ワイルド君」

「んん? もしかしてスカイハイも?」

も、なんだというのだ。

「いや、なんでもね!」

ワイルド君はひらひらと手を振ってマシンから離れてしまった。


ワイルド君に見せた私が見たことのない表情、声。彼らだけの秘密。

リツ、きみはもしかしてワイルド君を慕っているのかい?

じり、と胸が苦しくなった。




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