▼ 明けまして
「イワンくん、お餅いくつ食べるー?」
「とりあえず二つで」
幸せだな、と思う。
対面キッチンではないので、てきぱきと動くリツの後ろ姿をぼんやりと眺める。
後ろで緩くまとめられた髪が揺れている。
はじめて彼女の手料理を食べてこんなに美味しいものがあるのかと驚いた。
二度目、彼女の作ったご飯はPDAからのビープ音に邪魔をされ暖かいうちに食べられなかった。
三度目、確かオハナミ弁当を作ってくれた。彼女の故郷にたくさん咲いている花だけが咲き誇るサクラはとても綺麗で、その木の下で食べるお弁当は格別だった。
四度目、こうして彼女の料理をしている後ろ姿を見てそわそわと落ち着かず、軽やかな包丁の音に期待を膨らませた。美味しかったなぁオヤコドン。
五度目、なんだかんだ彼女の家に入り浸ることが多くなって、美味しいご飯も、彼女といる幸せの共有が当たり前になってきた頃。
ゆったりとした時間の中でずっとこの人といたいと漠然と考え始めた。
もう何度目かわからない彼女の家で、彼女の後ろ姿をぼんやり眺めたあと、彼女の手料理を食べて笑い合う。
「はい、きなこでいいんだよね」
「うん、ありがとう」
リツは僕の好みを覚えている。
「いただきます」
「召し上がれ」
ニコリと笑うリツをみると僕まで幸せになってくる。
「ねえ、食べたら初詣いこうよ」
「そうだね」
「おみくじひきたいな。あと屋台も楽しみ!」
たしか去年はおみくじがあまり良くなくて結んで帰ったっけ。
「去年よりいいおみくじだといいね」
「!」
「去年、スエキチだっけ?」
「よく覚えてるねイワンくん。流石は折紙サイクロン!」
それは関係ないと思う。
「去年は末吉だったけど、書いてあることはそんなに悪くなかったんだよ。恋愛運とかはよかったし」
それは困る。リツが他の男からモテたら嫉妬して重過ぎて嫌われちゃうかもしれない。
「ねえイワンくん」
「なに?どうしたの?」
にへ、と笑う彼女の口のはしにはきなこがついていた。
「まだ言ってなかったね、あけましてお」
最後の言葉は僕の口の中に消えた。
きなこ味でぷにっとする美味しいリツの唇。
真っ赤になっているリツをそっと抱きしめた。
「あけましておめでとう。今年も、来年もずっと先もよろしくお願いします」
離したくない、そう思ったのはリツが初めて。
ねえリツ、返事はくれないの?
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