▼ クリスマス
クリスマスでも、彼は夜のパトロールを欠かさない。
いつもの時間、いつもの様に「そろそろ帰る」と言った彼を送り出して私は早々にベッドに入る。
スマホでスカイハイを検索する。
どこを飛んでいたとか、いつどこでポイントを獲得したとか。
人気ヒーローの彼の話題はネットの海に溢れかえっている。
彼は私にバレていないと思っている。
本当に私が彼の仕事を知らないのであれば、浮気されているとかそんな考えに胸を押し潰されて多分とっくに別れてる。
デートの途中で呼び出されることもしょっちゅうだし、毎夜泊まることなく規則正しい時間に彼は帰る。
情事の最中だって彼の手首からビープ音がなれば5分後には彼はもういない。
さみしくないと言えばそれは嘘だし、悲しくて泣いた日もある。
それでも寂しいと彼に言えないのは、彼が困るのがわかりきっているからで、そこまで私は子どもじゃない。
引き止めたところで彼は私のお願いを聞いてくれないのはわかりきっている。
「!」
スカイハイがこの近くを飛んでいるらしい。
素晴らしい情報を与えてくれた見知らぬ誰かに感謝をし、スマホを片手に私はベッドから抜け出してベランダに出た。
ジェットパックの音がする。
ああ、いた。見つけた。
白いヒーロースーツ。
「風邪を引くよ、お嬢さん」
「引きたいのよスカイハイ」
彼はジェットパックを切るとフワリと目の前に降りてきた。
「風邪をひくと心配する人がいるのでは?」
「心配させたいのよスカイハイ」
声も一緒。あなたはバレていないと思っているの?
「君の知り合いから預かりものがある」
そう言って彼はポケットから小さな箱を取り出した。
「知り合い……受け取れないわ」
「……」
「直接渡せない意気地無しに伝えておいて。そういうことは自分でしなさいってね。あと、どれだけ遅くなっても待ってる。って」
私はスカイハイをおいて部屋に入った。
ややあってジェットパックの音がして彼はまた街へ去って行った。
眠気覚ましのコーヒーを入れる。
明日は休み。彼は来てくれるだろうか。
*
控えめなノックがした。
ドアを開ければ息を切らしたキースがいた。
中に招きいれれば彼は見覚えのある小さな箱を取り出した。
「さっきは、すまなかった。受け取って欲しい」
控えめに光るそのリングを見つめる。
「はめてくれないの?」
キースはゆっくりと私の薬指にリングをはめる。
「結婚して欲しい」
「仕方ないわね」
「リツ!ありがとう!」
私じゃなきゃとっくに愛想つかされているわよ。
「リツ」
「ん?」
「ずっと内緒にしていたことがあって」
「うん」
「私の本当の職業はーー」
そんなのどうでもいいわ。
キースが最後までいう前に私は彼の唇を塞いだ。
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