▼ 人質スイート
『ボンジュール・ヒーロー』
「!」
手出しできない膠着状態のまま30分、PDAに通信が入った。
『リツ・ニノミヤのおじい様と連絡が取れたわ。身代金は全額支払うそうよ』
良かった!これでリツさんは助かる!
『ただ、本人はコンチネンタルエリアにいるし、支店の人間が身代金を運ぶのだけれど、まだ時間がかかるわ。身代金の受け渡し時には飛行機の扉が開く。その時がチャンスよ!』
動かない飛行機を見やる。
中ではまだリツさんと乗客が人質にとられている。
「リツさん……」
「大丈夫だ折紙。あの子のことは絶対助ける……いや、お前が助けねーとな」
「へ?」
タイガーさんにぎゅっと両肩をおさえられる。
「ここで助けりゃお前の株は急上昇だ」
「先輩がヒーローであることはカミングアウトしていないのでは」
「だっ!……そうか、そうだったな」
バーナビーさんはため息をつき、これだからおじさんは、と小さくつぶやいた。
『ハァイ折紙サイクロン!一旦後方に戻って!擬態の能力が役に立つわよ!』
「!」
飛行機の中の映像を眺めていたら急にアニエスさんに切り替わった。
後方に。
付いてこようとするタイガーさんをなんとかなだめ、後ろ髪を引かれる思いで一人空港の中へ戻った。
「良かったな、お嬢さん。オジイチャンが払ってくれるってよ」
ゴリ、と銃口を頭にすりつけられる。
「そう、ですか……なら人質は私一人で十分ですね?他の人は解放してあげていただけませんか」
「まだだ」
奥から仲間が出てくる。見えただけでも犯人は5人、全員銃を持っている。
「お願いします。私は絶対に逃げませんから」
「まあ、金が手元に来たら、な」
覆面マスクの空いた口元から下卑た笑いが漏れ聞こえる。
目の前にはたくさんの人。
ほとんどの人が私のことを見ている。
子供、その母親、父親。
出張のサラリーマン、旅行者。
後ろの方には妊婦さんもいた。
犯人を刺激するわけにはいかない。
「!」
近くの男の子がぐずり始めた。
母親がなだめようとするが、ぐずりは大きくなり犯人の舌打ちが頭上から聞こえた。
「うるせぇ!黙らせろ!」
怒鳴り声を皮切りに男の子は声を上げて泣き出した。私を突き飛ばし、男の子に歩み寄る。
「やめて!!」
急いで男の子と、守ろうとした母親の前に躍り出る。
「うっ!」
ガツンと肩に衝撃、一瞬遅れて激しい痛みが来た。
あまりの痛みに息が詰まるがなんとか声を絞り出した。
「うるさいなら、外に、だせば、いい……きゃあっ!!」
「うるせぇ!」
逆上した犯人に引きずり倒され、足蹴にされる。
痛い。けれど矛先が私に向かっているうちはあの親子は無事だ。
ふと、イワン君の姿が脳裏によぎった。
少し前までは、幸せだったな。
イワン君に会いたいな。
「身代金が来たぜ!」
暴行が止んだかと思えば犯人たちは小さな窓から外を見ていた。
「おい起きろ」
胸ぐらを捕まれ乱暴に立たされる。
「盾になってもらうぜお嬢さん」
またゴリ、と銃口を頭に押し付けられた。
乗務員にドアを開けさせ、身代金が入ったトランクを中に引き入れる。
トランクを持って機長室へと消えるとすぐに、人質を解放してやれ、と声が聞こえた。
ほっとした。
私には相変わらず銃がピタリと突きつけられているが、乗客が一人、また一人と出ていくのを見て安心した。
私はきっと逃走するまで人質のままだ。
これでいい。
最後の乗務員が出て行った。
「うわっ!!ヒーローだ!!」
機長室から青い光が漏れでたと思えば犯人の悲鳴が聞こえた。
「ヒーロー?」
私がつぶやいた瞬間、後方から轟音がし、なんと外が見えた。
尾翼付け根からポッキリと折れてしまっていると、理解した時にはテレビで見慣れたヒーローたちが乗り込んできた。
助かる!
そう思った瞬間、私は羽交い締めにされた。
「止まれ!撃つぞ!」
撃つぞ、とすごむが手が震えている。
逃げられないとわかっているのだろう。
「リツさん!!」
「ーーえ?」
イワン君の声が聞こえた。
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