▼ グサリと刺され手裏剣クッキー
「よし、おっけー!」
イワン君と会わなくなり三ヶ月が経った。受けていた仕事はすべてこなし、華やかな世界に別れを告げた。
この部屋ともお別れだ。
手裏剣の形のクッキーをラッピングし、手紙を添えた。
今日これからヘリペリデスファイナンスに行って渡してもらえるようお願いしてみよう。
きっと連絡してもダメだろうから。一方的にクッキーとそれにこめた気持ちを押し付ける。
自分はこんなに自分勝手で未練がましい人間だったろうか。
「さみしいな」
私のストールが風で飛ばされて、木にひっかかってしまった時。
梅干が重たくて休憩していた時。
イワン君は私を助けてくれて。
私が作ったご飯を、お菓子を美味しいと目を輝かせながら食べてくれて。
ーーとっても楽しかった。
もっと一緒にいたかった。
もっとイワン君とおしゃべりしたり、どこかに一緒にでかけてみたりしたかったな。
もっと、もっと。
イワン君を求めてしまう。
「好きになっちゃった」
きっと私の気持ちがイワン君にバレてしまったのだ。だからイワン君の様子がおかしくて、あの時もう会わないと言ったのだろう。
初恋は実らないというけれど。
「悲しいな」
胸がぎゅっと締め付けられるようで苦しくて苦しくて。
私は大袈裟に深呼吸をした。
「あの、イワン・カレリンさんに渡して欲しいのですが」
マンションからほど近いイワン君の勤める会社。ヘリペリデスファイナンスの受付で私はイワン君への贈り物をお願いした。
部署はわからないけれど、イワン君の苗字は珍しい。きっと間違いなく本人に届くはずだ。
加えてちょっとずるいけれど、私の名刺も提示した。
モデルなどで培った営業スマイルも添えて。多少の知名度はあるつもりだ。
あ、という顔をして受付の女性はプレゼントを預かってくれた。
本人を呼びましょうか、と言ってくれたが断り、よろしくお願いします、と一礼して私はヘリペリデスファイナンスを去った。
後はシュテルンビルトを去るのみだ。
荷物はだいたい祖父の家に送ってある。
後は細々としたものをボストンバッグに詰めて飛行機に乗るだけ。
ケータイの画面にイワン君のアドレスを表示させる。
未練がましく、手紙だけでは飽き足らずメールを打つ。
一行打っては消して、表現を変え、たっぷり時間をかけて作成した。
送信しようか、消してしまおうか。
「お久しぶりです。今日夜の便でシュテルンビルトを発ちます。
祖父のいるコンチネンタルエリアに引っ越すことにしました。
今までありがとうね。イワン君に助けてもらってから、とっても楽しい時間を過ごせました。
これから寒い季節になりますが、どうかお体にお気を付けて……長いかな……?」
やっぱり消してしまおう。
クリアボタンを押す。
真っ白になったメール作成画面。
これでいい。
ケータイをテーブルにおき、荷造りを再開した。
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