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▼ 72 うさぎにご用心

「どうしたの、イワン」

クロノスフーズの数量限定牛串を無事手に入れ、一口目をほおばっていたリツは一瞬不自然に視線を止めたイワンに気づいた。
「そっち何かあるっけ?」
「あ、えっと、なにもないんだけど、何か見られてた気がして」
「知り合いでも来てたのかなぁ、どこ?」
キョロキョロと辺りを見回すが、周りは人だらけで誰か特定の人物を探し出すのは難しい気がした。

「今日はケータイ持ってきてるよね」
「大丈夫。リツは?」
「ちゃんとあるよ。前みたいにはぐれたら大変だしね」

前回はネクスト能力で背の高い兄に擬態し、何とかイワンを探し出したものの、見つけられたのは偶然で、二度同じことが出来るかといわれれば不可能に近い。
それほどセントラルパークのイベントは人混みがすごいのだ。
「スカイハイが出るまで時間あるね。どこか行きたいとこある?」
「えっと、リツが行き──うわぁっ」
「おっと、と、ん?」
チアのような可愛らしい格好をしたイベントガールが配っていたパンフレットを開き、出展情報を二人で眺めていると、後ろから何かがぶつかってきた。落としそうになった串を慌てて握り込み、なにごとだと振り返れば、
パステルカラーのうさぎの着ぐるみがいて、どうやら子供たちにまとわりつかれ後退りをするうちにイワンたちにぶつかってしまったようだった。

「大丈夫だよ、気にしないで」

うさぎはわたわたと慌て、下から上へと大きな頭部を動かし怪我がないかと心配しているようだった。
何も無いとわかると、ごめんね、と稼働式の眉を下げ、二人の手を握りさする真似をした。
うさぎは肩から下げたポシェットを開け、中から何かを取り出した。

「……うん?」
出てきたのはファンシーなカラーリングのバングル。
うさぎはそれをイワンの手首にカチリとはめ、リツの手首にもはめた。
「えっと、ありがとう……?」
ゆめかわいい、と呼ばれるカラーリングで、中に水が入っていた。うさぎとおなじパステルパープルをベースに、ピンク、水色がグラデーションになっていて、水の中のラメところりとしたビーズが安っぽいが可愛らしいデザインだ。
うさぎを囲んでいた子供たちも目ざとくバングルを見つけうさぎにねだり始め、
うさぎはまたゴソゴソとポシェットの中を探り始めた。

どうやらバングルは二人にあげたもので最後だったようで、子供たちにはつやつやとしたオーロラカラーのユニコーンのモチーフがついたネックレスを一人一人にプレゼントしていた。
そのネックレスもイワン達が貰ったバングルと同じく、水が入っていてラメやビーズがゆらゆらと動いていた。

会社が出す着ぐるみがお菓子や自社製品を配るのは珍しいことではないので、きっとこのうさぎは子供向けのアクセサリーやおもちゃの会社の着ぐるみなのだろう。
どこのメーカーなのかは分からないが、なかなか大盤振る舞いしていた。

どんどん子供が集まってくるうさぎの着ぐるみから離れ、ほっと息をつき、食べかけだった牛串をほお張る。
少し冷めてしまったが、スパイスが効いていてご飯が欲しくなるな、とリツは思った。

「着ぐるみの人って大変なんだね」
「めっちゃ子供に体当たりされてたしね。……時給いいのかな」
「さ、さあ……」
もぐもぐと咀嚼しながら、風船を配る着ぐるみやら、何やら奇声をあげる着ぐるみやら、あちこちにいる「ゆるキャラ」を眺める。
少し離れたステージには果たしてそれはゆるいのか、と言いたくなるようなアクロバットを披露する首から下がタイツスーツのゆるキャラまでいて、幅広いゆるキャラたちがまさに大集合していた。

「そのうちゆるキャラヒーローとか出てきたりして」

ヒーロースーツではなく、着ぐるみで犯人確保。──無いな。
うーん、と周りにいる着ぐるみたちをみてヒーローTVの音楽を脳内で合わせてみても、しっくりはこなかった。

「ん、あれ?」
「どうしたのイワン」
「これ、外れない、みたいで……」
これ、と着ぐるみに付けられたバングルを外そうと留め具をいじるがびくともしない。
「……ほんとだ。留め具かたいね」
リツも外そうと留め具をいじるが、開く気配がない。

「……どうしようリツ」
「アカデミー帰ったら工具借りるしかないかなぁ」
ちいさな子供用に作られていて手首にあまりにもピッタリなので外すためには壊すしかない。

壊すのは少しもったいなかったが、授業にそのまま出るわけにもいかない。隙間がなくキツイので、こぶしを作って力を入れづらいのである。

それでも今日1日くらいは腕に着けておいても支障はないだろうし、何よりイワンとおそろいなのは、気恥しさもあるが外せないことを理由にできるので、まあいっか、と言ったところなのである。

「ねえ、アポロンメディアの出店見に行こ!ヒーローショップみたいな。今度はスカイハイ売り切れてないといいけど」

食べ終えた牛串のゴミをイベントで増設されたダストボックスに入れると、リツはイワンの手を取った。
「あっ、い、いいよ行こうっ」

繋がれた手がなんだか熱い気がする。手汗は大丈夫だろうか。
人混みの中、イワンはリツに引っ張られるまま歩いた。アポロンメディアの出店エリアに近づけば近づくほど人が増えてきて、並んで歩けるほどスペースはなくなった。
はぐれないよう慌てて繋いだ手にぎゅっと少し力を入れれば、向こうもぎゅっと握り返した感覚が伝わってきた。

あちこちから聞こえる音楽、ステージのスピーカーから流れるアナウンス、すれ違う人々の話し声や笑い声が溢れかえっていて、きっとこの手を離してしまったら声をかけても届かないだろう。

話さなくても、自分の声ならかき消されてリツの所までは届かないに違いない。そう思ってイワンは控えめに声をかけた。

「……あ、あの」

試しに声をかけてもリツはイワンを振り返らなかった。
聞こえていない。ならば、きっと今から言う言葉も周囲の音に紛れて届かないだろう。
その方が、気恥ずかしくないから、いい。

すぅ、と賑やかな空気を高揚した胸いっぱいに吸い込み、無意識に上がった口角はそのまま、届けるつもりのない言葉を紡ぐ。

「……リツ、楽しいね」

リツは振り向かない。

「リツとアカデミーの外に出たの久しぶりだし」

「な、なんか手、繋いだのも久しぶりだし、」

「ほんとは僕が、リツのこと引っ張るべきかなって思う、けど」

なんだか胸がムズムズする。
イワンは繋いでいない方の手でTシャツの胸元をそっと抑え深呼吸をした。

「あの、ありがとう。リツじゃなきゃ僕、多分、その、こういうの……」

イワンの言葉は次々とすれ違う人々の話し声に攫われてゆく。
届いて欲しいけれど、届いたらなんだか恥ずかしい。

普段は言えないけれど、イベントの熱気に当てられたのかもしれない。

「ありがと、リツ」

聞こえてないにしてもなんだか照れくさくて、言わなきゃよかった、とほんの少し後悔し始めたとき、ふとリツの髪から耳がちらりと見えた。

「っ!?」

リツの耳が赤くなっていた。

(き、ききききこえてた!??)

「あ、あの、リツ、そのっ」
「……こちらこそ、ありがと」

前を向いたまま応えたリツの声は、イワンには届かず周りの声に溶けて消えた。振り向けばよかったのだろうが、なんだか顔は熱いし頬と口はふにゃふにゃと動いて変な顔になっている確信があったので、絶対に振り向くわけには行かなかったのだ。

だから後ろでイワンも負けずに真っ赤になっていたのを、リツは知らない。



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