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▼ 71 デート見守り隊とその思惑


「で、なんで私はこんなところに呼び出されたのかしら」

ゆるキャラ大集合!と表示された広告用のポセイドンラインの飛行船が頭上をゆっくりと通り過ぎて行った。
セントラルパークの人混みの中、エドワードとハンナは帽子を目深に被り、一組の男女を遠巻きに眺めていた。

「冬休みにスタジアムのカウントダウンで色々あったの覚えてるか」
「ええ、ニューイヤーの……リツが怪我してきたやつ、ね」
冬季休暇を終えアカデミーに戻ってくるなりリツから聞かされた怪我の顛末に、当時ハンナはめまいを覚えた。なぜそうトラブルに巻き込まれるのか。
問いただしてやりたかったが、もう終わってしまったことを
掘り返すのも悪い気がして何となくリツから詳しくは聞けなかった。
きっと警察にも、親にも叱られていただろうと思えば、これ以上気まずい思いをさせるのも気が引けたのだ。その時は。


ハンナは機嫌悪そうに横目でエドワードを睨んだ。
朝早くから重要任務と件名のついたメールが届き、中身を開けばリツには秘密で出て来るようにとあった。
一体なんの悪ふざけかと思えば。
意外と深刻な話なのかもしれない、とすぐに帰る気満々だったハンナはもう少しだけエドワードから事情を聞く気になってきた。

「アレ、あの時、リツの兄貴に世話ンなったんだけど、一昨日メールが来たんだよ」
何が言いたいのかはかりあぐね、ハンナは黙ったままエドワードの次の言葉を待った。
それと今日呼び出されたことと、なんの関係があるというのか。

「犯人が、リツだけトイレに放置しなかった理由。の、推測」
「まって、犯人?トイレに放置!?なんのこと!?」
「うえっ」
そんなの聞いていない。衝撃的な言葉にハンナは思わずエドワードの肩を掴み揺さぶった。
「リツは通り魔的なのに巻き込まれただけだって!」

やべ、とエドワードは己のミスに気がついた。
協力要請する相手を間違えた。てっきり事件のあらましを知っているものだと思ってハンナを巻き込んだが、それは間違いだったらしい。
エドワードは今からハンナの記憶消せねえかな、と現実逃避をしかけたが、ここまで話してしまったらハンナはもう離してはくれないだろう。ちょっぴり後悔しながら、どこから話せば良いのか記憶の糸を手繰り寄せた。


エドワードが語る事件のあらましを聞けば聞くほどハンナの顔が険しくなってゆく。
あの時もっと根掘り葉掘り聞き出せばよかった。付き合い始めた二人の恋バナばかりが気になって、怪我を痛がる素振りもほとんど見せないからそこまで深刻な事件だとハンナは思っていなかったのだ。

「……でも、それならリツが狙われる理由にはならないわ」
エドワードの説明は、スタジアムの他の被害者はリツを狙った事件に巻き込まれただけ、というもの。
犯人の本当の狙いはリツだった、というが、肝心のリツが狙われる理由が分からない。

「たぶん、リツの兄貴は意図的に隠してるんだと思う。
俺らには言えない事情があるっぽいし」
「でも、それならなおさら変よ。事情を言えない私たちに協力を求める意味がある?何かがおかしいわ。……だれか大人……警察に言った方が……」
「リツの兄貴がいる会社、ヘラクレスジャスティックって警備会社知ってるか」

ヘラクレスジャスティック。そんなもの知らない方がおかしい、とハンナは馬鹿にされている気がして眉を寄せた。

「知ってるわよ。NEXTに注目する人なら誰だって。
リツのお兄さんはヘラクレスジャスティックの人なの?」
エドワードは頷き、そっと周りに視線を走らせた。

「NEXTばっかが所属する警備会社、民間のヒーローって騒がれてたろ。
ただでさえシュテルンビルト市警はヒーローにいい感情持ってない奴らが多いのに、警備会社まで似たようなの出してきたら拗れるだろ」

犯罪が起き、そこに駆けつけたのが警察かヒーローか。
ヒーローTVで華々しい活躍をするヒーローに熱を上げる市民は多い。危険な目にあった時、駆けつけてくれるのがヒーローだったら。
そういった思いが、駆けつけた警察官への態度へとあらわれてしまう人がいる。
なんだ、ヒーローじゃないのか。助けてくれるならヒーローが良かった。

そんなことが続けば、警察官だって個を持つ人間である。わだかまりをかかえてしまうのは仕方の無いことで、それをもつ人間が一人また一人と日を追う事に増えてゆく。

それが下から上へと伝わり、今じゃ所長まで反ネクスト感情を抱きつつあるなんて、ただの市民には感じ取れなくても、業界では既に深刻なこととなりつつある。

ヒーローTV は警察の協力あってこそ。

それなのに今、スーパーヒーローたちとシュテルンビルト市警の間には亀裂が生じつつある。

そこへさらにヘラクレスジャスティックの参入で市場はさざ波だったものが少しずつ、少しずつ荒れてきている。

「ヘラクレスジャスティックが関わった事件、ことさら身内が関わったものに警察が気持ちよく動いてくれるか?」
「気持ちなんて! 警察はそれが仕事よ!」
「じゃあなんでっ……いや、なんでもねー」
「なによ、はっきり言いなさいよ」
「…………」

エドワードは少し離れたクロノスフーズの列に並ぶリツとイワンの後ろ姿を見て、「あの日」のことを思い出していた。


「リツを襲った犯人が……別件で捕まってて、NEXT用の独房に入れられることなく逃げ出して、スタジアムに来ていた。
リツを襲ったあとの捜査が形だけで打ち切られていても、捜査資料からリツの名前が消えていても、警察を頼るのか?」

「……え?」
どういうこと、とハンナは言葉にならない声が漏れた。
「そ、それ、本当なの?」
「リツの兄貴から聞いた。鑑識に繋がりがあるらしくて、そういうことになってンだとよ」
「ニュースじゃ監視カメラに犯人がうつっていたって言っていたわ」
「それでも捕まってない。市民IDカードも、キャッシュカードも、そいつの物が使われた形跡は見つからなくて、足どり不明だとよー」
そんな、とハンナは口元を押さえた。
「不明だなんで、んなわけねーだろ。一度捕まったら顔認証のシステムでとことん追われる。軽犯罪ならまだしも、一度は七大企業のCEOに仕掛けといて犯罪防止システムに登録されねェのはありえないだろ」

ハンナは離れたところで楽しそうに話しているイワンとリツの姿を見た。
「リツの兄貴の話だけど、まあ、でかい声じゃ言えねェけど、ヘラクレスジャスティック独自のシステムで犯人の顔登録して探してたらしいんだけどな、
なんか……このイベントスタッフに登録されてるらしい」
「はあ!??」
「シッ!!声でけェ!!」
ごめん、とハンナはまた口を抑えた。予想外のことばかり言われるのでもうずっと口を抑えていた方がいいかもしれないと思い始めた。
「でも、その話じゃリツのお兄さんの会社が動いているんでしょう? なんで私とあなたが……」
「頼まれたんだ。ヘラクレスジャスティックは注目されてて、兄貴も、他の警備員も警護士もメディアとかで顔が割れてるからって」
「……でも」
「もちろんパーク内に変装したヘラクレスジャスティックの人達がいる。だけど、自然に近くで見守れるのは俺たちだろ?」
「じゃ、じゃあ、リツにもイワンくんにも言わなくちゃ! ていうか早く帰った方が…………まさか?」

二人に知らせて警戒させなくちゃ。そう言いかけてからハンナはあれ、と気づいた。
ハンナの凍りついた表情を見てエドワードも深刻な顔で頷いた。

「…………多分そのまさか」
「…………最悪なジョークだわ……お兄さん……リツの家族なんでしょう?正気なの?」
「俺らが協力してもしなくても、向こうがやることは変わらないんだったら、少しでもイワン達のためにやれることやった方がいいだろ」

どうやらヘラクレスジャスティックは、リツを囮に使うつもりらしい。
ハンナは青ざめたままぎゅっと両の手を握りしめた。
「危険すぎるわ。私たちはまだ学生よ。ヒーローじゃないわ」
「じゃあこのまま知らないフリしてろってか?」
「そうじゃないの、よく考えてよ。ケディくんはヒーローを目指しているんでしょう?」
「だから余計に見過ごせねェ」
「もう! もしリツが襲われて、そこにケディくんが割って入って、NEXT能力を使って、周りの一般人を傷つけるようなことがあれば、校則違反どころじゃない。ヒーローへの道が閉ざされることだってあるのよ」
「んなヘマするかよ」
「するかもしれないし、しないかもしれない。リスク回避のために決めつけずきちんと起こりうる可能性を──」
「あのな、そうやってぐずぐずしてるうちに余計に事態が悪化することもあるだろ。ヒーローなら決断力が必要なんだよ!」
「私たちは学生、アナタはただのヒーロー候補生よ!」
埒が明かない、とエドワードは大袈裟にため息をついてハンナを遮った。
「アンタはイワンとリツを守る気があるのかないのか、どっちなんだ」
「あるに決まってるでしょ!」
「じゃあそれでいいじゃねェか」
「……私の話、ちょっと声が小さかったみたいね」
ふん、と鼻を鳴らし、ハンナはエドワードに背を向け歩き出した。ヒーローを目指すエドワードの為を思っての苦言は全く本人に届いていないらしい。

「機嫌直せって」
「私はとーってもご機嫌よ。最高の気分。」
「待てって!」
エドワードはハンナを追いかけ腕を掴んだ。セントラルパークはどんどん人が増えて、少しでも離れてしまえば小柄なハンナは直ぐに人混みに紛れて分からなくなってしまいそうだった。

「離して。私恋人がいるの。誤解されかねないことはやめてちょうだい」
「……わり。なあ、協力してくれよ」
「協力はするわ。リツたちが心配だもの。でもね、同様にケディくんの事だって心配なのよ」
「はァ?」
「なんか全然つたわってないみたいだけど。……まあいいわ、リツたちと合流しましょう。デートの邪魔はしたくないけれど、こんな事情があるならもっと近くに、というか一緒に行動した方がいいわ」
「イワンとリツには事情は言うなよ」
「どうして? あの二人は……まあリツの座学はともかくとして、実技は優秀よ。
危険が迫っていることを伝えて警戒してもらった方がいいに決まってるわ」
「だーかーらー、そんなことしたらデートモードから警戒モードに変わっちまうだろ」
「ハァ?」
「かわいそうだろ、せっかくのデートが実は囮にされてマス、だなんて」
「……何故あなたが学年一位なのか理解に苦しむわ」
「そりゃドーモ、同点一位さん」

なんでこんなことに。
ハンナは頭をかかえてしまいたかった。

どんどん会場に人が入ってきている。
子供のはしゃぐ声に誘導の音声、音楽があちこちから聞こえてイベントは盛り上がっていて、そこに友人が「懸念材料」として存在する。
何も起こらないかもしれないし、何かが起こるかもしれない。
何も起こらなければそれでいいが、その場合、懸念材料であることを告げてしまうのは少しかわいそうかもしれない。
少しずつハンナの中でエドワードの言葉の方へと天秤が傾いてゆく。
ほぼずっとアカデミーの中で過ごすイワンとリツにもっと恋人らしいことを。
あと出来れば二人の楽しそうな話や進展した話を聞きたい聞きたい恋バナ聞きたい。

「……仕方ないわね」

危険性は既にエドワードに示した。それでもなお自らの考える作戦を優先したいというのなら……そう、これは仕方がなく協力するだけ。

「リツには言わない。私たちは個人的に遊びに来ていて、視界にちょっとリツたちが入っちゃうだけ」
「そーそー。ちょっと見守るだけ。
友達が危ない目にあったとこ見ちまったら助けに入るのが友達ってもんだろ。」

ぱち、とエドワードとハンナの視線が交わった。

「仕方ないわね」
ハンナは深く帽子をかぶり直した。
見守るだけ。きっと何も起こらず、二人の楽しそうなデートをちょっと覗き見するだけ。そういいきかせ、牛串を手に持ち笑っているイワンとリツの姿を見て、二人に見つからないように人混みの中へと入っていった。




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