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▼ 68 落ちる!落ちない!

まずい、と思った時には眼前に銃口が迫っていた。

(──いつの間に! )


しかし考えている暇はない。

片足を配管に引っ掛けて蹴り上がり、レックス・バーネットの銃に手を伸ばした。

「ぅおっ!!」

銃を引っ掴んで握りこみ、バーネットの手首が曲がる方とは逆に逸らしながら銃を奪い、バーネットの体を自分の体の方へと引き寄せた。
そのままもう片方の手でバーネットの首に腕を回し全体重をかけぶら下がれば、
人ひとりの重みに耐えきれずに上体が傾く。
ぶら下がりながらも壁を蹴り、バーネットの腹に膝を叩きつけた。

「ぐぇっ!!」

壁にへばりついてうずくまるバーネットの背を踏み台にしてリツは次の窓に飛びつこうとした。

「!」

踏み台にした角度が悪かったのか、脚力が足りなかったのか延ばした手は窓のフレームを微かに引っ掻いただけだった。

(落ちる!! )

着地を考え飛び降りた時とは状況が違う。
体のバランスを立て直すには高さが足りなかった。

このままでは背中から落ちることになる。
「──や」
「リツ!!」
窓からイワンが身を乗り出しリツの手を掴んだ。

「イワッ!? 離して! イワンまで落ちる!! 」

イワンの上半身は完全に窓の外に出ていた。
片手が窓枠を掴んでいるが、イワンの握力と筋力では片手で掴んだ人間を引っ張りあげるのは無理だと瞬時にリツは計算した。

「だめ、だよ! リツがっ……落ち……」
「イワンまで落ちる! 大丈夫、足が下になったから! 受け身取れるから!」

『おい! イワン リツどうした! 』
耳元のイヤホンからエドワードの声が聞こえた。

「エドワードっ
今すぐ来て! リツが落ちる!」
「イワンが落ちる!」
「僕は落ちない!」
「落ちる! 」
「落ちないってば!」
「じゃあ踏ん張ってよ。 のぼるから」
「え?」

イワンが聞き返すと同時にリツは反動をつけて体を揺らした。

「えっ? ちょっ 」
「よい、しょっ!!」

リツはイワンの手を掴んだまま勢いよく壁を蹴った。
ぐっとイワンの手を引き、振り子のように体を揺らして窓へと飛び込んだ。

「うわぁっ!」
「っごめん!」

反動に耐えきれずイワンは飛び込んで来たリツに引き寄せられ、ぶつかり廊下に押し倒された。
まともに受け身を取れず、リツはイワンを押しつぶし、イワンも受け止めようとはしたもののやはり支えきれずに潰れた。

慌ててリツが身を起こそうとしたが、イワンはリツの背に回した手を緩めずにぎゅ、とさらに抱きしめた。

「あのー? イワンさーん?」
「……びっくりした」
「あっ、ごめん。 でもありがと、助けてくれて」

リツはイワンを潰したままくすりと笑った。

「休憩したいのもやまやまなんだけど、」

リツはイワンごと転がり体の上下をぐるりと入れ替えた。

「とどめ、さしてなかった」

ホルスターから銃を引き抜き窓へ向けて撃った。

SAT役の先輩の体にぱっと蛍光色のパウダーが広がり、舌打ちが返ってきた。

「いちゃついてんじゃねーぞくそリア充がッ」

けっ、と罵りながらバーネットは窓際に座り込み死体役としてイヤホンマイク越しに死亡を報告して廊下にごろりと転がった。

「すみません、先輩。 銃は戦利品としてこのまま貰っていきますね」
「ハイドーゾ。 あーお腹痛いお腹痛い」
「えーと、すみません。 でも不安定なところで襲ってきた先輩が悪いです」

リツの額から一筋汗が流れた。
心臓に悪い接敵だった。 ひとつ間違えば背中から下に落ちていたかもしれなかった。
奪った銃にセーフティロックをかけ、残弾を確認し作業着の内ポケットにしまいこんだ。

「リツ、危ない事しないんじゃ……」
「や、この場合はあの先輩が悪い。 レクリエーションの時もだけど、あの先輩ウザすぎるしつこすぎる面倒くさすぎる」

「聞こえてるけど!」
「スミマセーン」

『おい、どうした、大丈夫か? 』
ジジ、とノイズの後にエドワードの声が聞こえた。
「大丈夫。 外の2人片付けた後にね……見てなかった?
一番最初に上の方に特攻してきた先輩いたじゃん。 窓から出たらその先輩がいて、撃たれそうになって落ちそうになってイワンに助けられた、ってだけ」

『あー、すまん、そっち行けなくて』

わりぃ、とエドワードは謝るが、また一つマガジン使い切ったのかとリツは溜息をつきたくなった。


「あ、あの、これ、届けてもらったんだけど……」
これ、とイワンはゴミ袋を指した。

「ああ、薬莢。じゃあ階段にばらまいとこ」

リツは大きな音が立つのもかわまずじゃらじゃらと階段に模擬薬莢を撒き始めた。

「さて、エドワード、みんな。銃弾の数に対して先輩方が減ってない。このままだと負けちゃうと思うんだ」

ゴミ袋をたたみながらイヤホンマイクに話しかけた。

「作戦を立て直したほうがいいかもしれない」
『あー、それは俺も思ってた。 ばばばばって連射すればもうちょい死亡判定に持ち込めると思ってた』
「な、何か作戦あるの?」

リツはにやりと笑った。

「大した作戦じゃない。 けど、少しでもSATの統率を乱して引っ掻き回したいと思う」

『リツ大丈夫? あのね、二年生が一生懸命天井裏を探し始めてる』

──トン

リツが見慣れないイヤホンマイクをタップしたのを見てイワンは目を瞬かせた。
服に隠してるのはこれだったのか。ついでに言えば防塵目的だと思っていたゴーグルも、よくよく見ればチカチカと微かな光が見えた。

「2F……SAT役は恐らく私が隠れていた天井裏、そして脱出した窓付近に集まっているはずだよ」

2Fに残る仲間に話しかけた。
『そうね、リツがいた教室の逆端の教室周辺に2年生はいないわ』

──トン

「みんな、急いで4Fに上がってほしい。 多少バリケードを崩してもいい。音を立ててもいい。急いで4Fへ」
『了解』

『なんで固まって捜索するのかしら。 怖いのかしらねぇ』

──トントン
否定。それはおそらく違うはずだ。

『あら、ノーマンが。……トイレ? おかしいわね、動かないわ』

リツはイワンの手を取り廊下を歩きだした。
薬莢をばらまいた階段は捨てる。

逆側、恐らく仲間が登ってくるであろう階段の方へと向かう。
こちら側から4Fに登るための階段には仕掛けをしているため、それを崩すわけには行かないからだ。

廊下にもいくつか仕掛けているトラップをちらりと見ながら黙々とイワンの手を引いて歩く。
死体となった先輩はもちろん放置だ。


「リツ、」
「どうしたの」
「あ、えっと、なんでもない……」

そうだ、この会話はすべてクラスメイトたちに筒抜けだったと イワンは口をつぐんだ。

「最初の検索に来た4人組、あれはただの囮。
その後すぐに来た壁歩く先輩、あれは多分私たちの恐怖を煽るため、無駄弾を使わせるため。

弾が減れば慎重にならざるを得ない。 恐怖と動揺、慎重になったことによる迷いや躊躇いはトリガーを引く指も判断力も鈍るからね」

リツはちらりとイワンを見た。 ほんの少し頬が上がってしまうが、声まで気持ちに引っ張られないように咳払いを一つした。

イワンもリツの視線を受け、強ばっていた表情がほんの少しだけ緩んだ。
けれども「危ないことはしない」の話が違うぞ、と唇をきつく結んだ。

「全員、マガジン満タンにして階段に集合。 こっちの階段のバリケードは撤去。
AKの全弾使い切ってもいい、先輩方が集まったところで撃ちながら突撃。何人か死んでもいい、捕虜を手に入れるよ 」

「壁の先輩にはペイント弾当てたけど、

とりあえず4Fは窓の鍵閉めて。ジャンプすごいネクストの先輩が飛び込んでくるかも。
暗幕は外して。 あと、ガムテープ裏返して輪っかにしたやつたくさん作って。嫌がらせだけど髪伸ばす先輩対策。

──これから勝利の前提条件をひっくり返すよ。

人質役の人にも協力してもらおう。

なんたって今日の私たちは」

ふふ、とリツは笑った。

「悪虐非道の『テロリスト』だから、ね」


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