のべる | ナノ


▼ 66 開始


リツは大丈夫だろうか。
イワンは肩から吊り下げた自動小銃を見、ソワソワと襟元をいじったり、ストラップの位置を直したりと落ち着かなかった。

1Fには人を配置していない。
机と椅子の即席バリケードも数に限りがあるので1Fにはない。
代わりにガムテープで止めた暗幕が何枚か廊下を仕切っている。

向こうが全く見えない、銃を所持した敵がいるかどうか分からない、暗幕のすぐ向こうにいるかもしれないとなればどうしても恐怖と抵抗が生まれるもので、すぐに突破されることは無いだろう。

暗幕に手をかけた瞬間撃たれるかもしれない。
単純だが実戦ならば本当に嫌な仕掛けだ。

さらに何枚か暗幕を処理し超えたところには教室のドアの隙間やトイレの入口から角度をつけた手鏡が5センチほど取り付けられている。
そのうちのいくつかにはマガジンを抜いた、誰も選ばなかった拳銃がかすかに移り込むように固定してある。

曲がり角の先にいるSATを鏡で確認して撃とうとしているように見えるはずだ。

模擬訓練とはいえ、まず簡単には進めないだろう。

『窓からくるぞ!』

クラスメイトの声がイヤホンから聞こえ、続けて連射音が聞こえてきた。

恐らく重力を無視して壁を歩き回るネクストだろう。 入学したばかりのレクリエーションでは何度もスタンプを奪われ煮え湯を飲まされた相手でもある。


ついに始まったんだ、とイワンは眉を寄せグリップを握る手に力を込めた。
近くにリツもエドワードもいない。
誰かに助けてもらうことは、出来ない。










「こちらニノミヤ、西側非常口より侵入確認。
進行具合は不明、暗幕を固定したガムテ剥がす音が聞こえない。 進行速度は極めてゆっくりだと思われる」

『3FSAT一名窓より侵入、当たらなかった。 こっち2人死亡判定ーごめん』
『あー、追加一名しぼー……ごめん』
『まじ?当てろよ! あ、やべっ……わり、死んだ。
向こうはよく分かんないけどピストル持ってる!』


上階から連射音が聞こえる。
イヤホンからはクラスメイトの着弾、死亡のお知らせが次々と入ってきた。

予想通りまずは壁を縦横無尽に歩き回る男が来たらしい。

『ああもうやっぱり! 乗り込んだのはレックス・バーネットよ!
1Fのカメラには4人固まってる。 一つずつ撃って威嚇しながら鏡のトラップ潰してるわ。

リツ、ちゃんと「上」にいるわね?』

──トン

リツの言葉に片方のイヤホンを外して耳を澄ます。 クラスメイトたちの通信がうるさくて両耳を塞いだ状態では発砲音の判別がしづらかった。

『背格好と靴の大きさから恐らく男が3人、女が1人。 玄関前と非常口にも突入待機してる。

あら?バーネットが降りてきたわ。左腕に色がついてる。 誰か当てたのね』

リツは急いでイヤホンを戻した。

『さっすがエドワード! 』
『一発目いただき!』

わいわいと声が混ざる中、かろうじてエドワードが命中させたことがわかった。
しかし死亡判定ではないので、撤退したとしてもまた攻め込んでくるだろう。

「何人やられたの? 」
『こっちは6人死亡だな、だいぶ弾減らしちまった』
「あー……」

だれだよ、数うちゃ当たるから、なんてAK選んだやつ。

心の中で進言した自分自身に文句をつけるが、まだ1発も当てていないし打っていないリツは何も言えない。

『リツ、銃変えなくて平気か? 俺なら壁移動できるから届けられるぜ』
「私よりほかの人助けてあげて」

イワンとかイワンとかイワンとか。

クラスメイト全員と無線が開いているので名指しは出来ないが、エドワードはきっと正確に汲み取るだろう。

ごそり、とリツは身動ぎをした。 周りが埃っぽいせいで首元が痒くなってきた気がする。
周りの配線を巻き込まないように「蓋」の取っ手を手をかけた。
軋んで音を立てないようにあらかじめ蝶番とフレームにはオイルをさしてある。

「!」
『リツ、階段まで来たわよ』

──トン

「みんな、1-2階段近くまで来たみたいだよ」
『わかった。 まずは人数と銃のタイプを頼む。 バレないように発砲はしないでくれ』
「了解リーダー」

ガヤガヤとしていたテロリスト用のイヤホンも、リツと接敵間近ときいて静かになった。

威嚇のつもりか二発の発砲音と微かな薬莢の排出音。
ペイント弾なので薬莢も実弾用ではない模擬薬莢のために音は控えめだ。

打ち返してこないと判断したのだろう、バリケードを撤去する音が聞こえてくる。

『一人が撤去してる。 残りは階段の上と後ろを警戒してるわ 。 2人分カメラに耳が写った。軟骨の形からどちらもノーマンじゃないと判断』

──トン

リツはまた唇を舐めた。 ほんの少し指先が震えている。 発砲するなとエドワードに言われたが、
スプリングガンのセーフティを外し構えた。

『もう一人、ノーマンじゃないわね。 残りのひとりは女性、全員違うわね。 ネクスト能力を使っていなければ、だけど』

──トン

ハンナの言葉にリツは、ふう、とため息をついた。
この状態で他人に擬態するメリットはない。
同性に、しかも制限時間がある擬態では余計に体に負荷がかかるだけだ。

『あら、一人通れるくらいしか退かさないみたい。 一人階段に入ったわ』
「──敵方階段侵入」
ハンナの言葉を短くして仲間内に流す。
『リツ、玄関から4人入ってきた。 そっちの監視に切り替えるわ。 もうすぐ階段からリツの範囲内になるわ。気をつけて』

──トン

「エドワード、一人ずつ上がってきてる。 これくらいなら行けるよ、二人は確実に仕留められる」
むしろ今やらねば玄関からの第二陣が上がってきた時に厄介なことになるだろう。

『まじか……どうすっかな』
「迷ってると範囲外になる。 リーダー、決断して」
『……ダメだ』
『うそ、大変よリツ、6人だけじゃないわ。 1Fが全部トラップだったからって残り全員入ってくるつもりよ!
2年生は頭おかしいの!? せめてもう少し制圧すすめてからでしょ!』

「!」
『うわ、全員入ってくるつもりか? おい3Fのやつら!窓から下に向けて打て!!』

上からも見えたのかエドワードの声と共に連射音が聞こえた。

(これならいける!)
『リツ、真下に来たわよ!!』

AKライフルの連射音に紛れることを祈りながら、リツは「蓋」を開けた。
スプリングガンからSIG226に持ち替えセーフティを外し、身を乗り出してリアサイトとフロントサイトを合わせ「真下」を通り過ぎたSAT役の背中とヘルメットに立て続けに撃ち込んだ。

撃たれたことに気付き振り返る前に「蓋」を閉めて重いダンボールを引きずり、かぶせて「蓋」が開かないようにした。

はぁ、はぁ、と荒い呼吸に肩と胸が上下する。

「SAT 第一陣4名命中。 死亡判定内、だと思う、よ」

途切れ途切れに報告をすれば、一瞬静まった後、どよめきが聞こえた。

『……は? え……?』
「っ、聞こえなかったかな」
『や、聞こえたけど……まじ?』
「お陰様で残り27発かな」

『流石ね、死亡判定みたいよ。廊下の端に避けて寝そべってるもの』

──トン

ハンナの声にほっと息をついてじりじりと身をよじり匍匐前進で移動を始める。

死体扱いの4人を見てネタが割れかねない。

リツは天井の中にいた。 電気工事用の入口をこじ開け、その中に身を潜め、ハンナから「背を向けている」と報告があれば撃つ。

死人に口なしということで死亡判定の生徒の無線は切られる。 上から撃たれたと口から言わなくとも、付着したカラーパウダーの伸び方を見れば斜め上から撃たれたことはバレてしまうだろう。


『リツは撃たれてねェの?』
「もちろん、無傷だよ」

身を潜める場所は味方にも伝えていない。 知るのはハンナただひとりだけだ。

『リツ、ノーマンを見つけたわ。 こんな時にもピアスしてくるなんて、馬鹿よね』

──トン

ふふ、という笑いがハンナからもリツからも漏れた。






prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -