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▼ 65 テロリストは私怨上等

「仕込み完了!」

リツは校舎二階、一番奥の教室に身を潜めていた。

バリケードは各階段と廊下に二箇所ずつ。
SAT役が通るために必ず撤去しなくてはならない位置にこんもりと机と椅子が積み上げられていた。
それぞれを計算して組み、暗幕にも少しだけ細工をした。


開始時間ギリギリで支度を整え、あとはスタートの合図を待つばかりだ。

『リツ! きこえるか!』
「エドワード、うーん、ちょっと雑音交じるけど聞こえるよ」

ザザ、と擦れるようなノイズとともに左耳のイヤホンマイクからエドワードの声が聞こえた。
テロリスト役はテロリスト役で、SAT役はSAT役で仲間内で繋がる無線を支給されている。

リーダー役のエドワードが全員の無線を確認し終わればいよいよ開始だ。

ぶつりと通信が切れたのを確認し、リツは作業服の下に隠していたインフォメーションオペレータを取り出した。
ゴーグルとイヤホンマイクを装着してスイッチを入れればすぐにハンナの声か入ってきた。

『準備終わったの?』

ハンナの問いかけにリツはマイクをトン、と一度つついた。 Yes、予定通り、の意思表示である。

『じゃあ次、リツの配置』

──トン

『仕掛け』

──トン

『選んだ銃』

──トン

リツの手元にはSIG226がある。
一つは脇の下のホルスターにセーフティをかけて収めてある。

『サイレンサーの装着』

──トン

『ウェポンライト』

──トントン

二回のタップでNOの意思表示。

『まあ仕方ないわね。 装弾数は15? 』

──トントン

『16?』

──トン

ダブルカラムマガジンでマガジンの中には15発、薬室に1発で計16発だ。
グロッグ17などは薬室にあらかじめ弾を込めておくとトラブルを起こすため全ての銃で使えるものではないが、リツの選択した銃は可能なので装弾しておいた。

替えのマガジンは1つ。 リツが今回の訓練で打つことが出来るのは計31発だ。

『──そろそろね。ゴーグルのサポート映像は見えてる?』

──トン

『向こうもフル装備よ。 打つのはカラーパウダーなのに防弾ベストまで着せられてる。 重そうね。
どれがノーマンなのか分からないわ。

ああそうだった、持ち込んだスプリングガンもばっちりよね?』

──トン

ハンナの言葉ににやりとリツは口の端を釣り上げた。

スプリングの強度をあげた改造モデルガン。 光を98パーセント以上吸収する塗料を塗りこんであり、遠くからは全くの平面に見え細部を見分けることが出来ない。
知識のない者が見れば、ただの黒い紙でも構えているように見えるだろう。

ガン、と銘打っているがもちろん貫通力はない。飛距離はよく飛んだとしても15mほどだ。
当たれば痛いだろうが。

『先輩達のネクスト能力は頭に入っているわね?』

──トン

入学したばかりの鬼ごっこレクリエーション、クリスマスイブパーティでのアピールでヒーロー志望のネクストは既にチェック済だ。

某先輩必殺計画と書かれたノートで何通りもシミュレーションしてある。

一番目立つイベントで、一番の恥を、ノーマンに。

リツの中で時が解決することもなく怒りは炭のようにくすぶり続けていた。

やっと両想いになった所に冷水をぶっかけた男を許すことは出来ない。

『始まりそうよ、グラウンドで先輩達が円陣組んでるわ』

──トン

了解。 リツは目を閉じ深呼吸をした。

作業服のポケットに無造作に突っ込んでいた分厚い手袋を取り出し嵌め、手首のマジックテープをきつく締めた。
この手袋には関節部分にプロテクターが入っており、殴ったりナイフを受け止めたりとなかなか万能なものだ。
表面は滑り止めが付いていて発砲した時の衝撃で手から飛んでいかないようにもなっている。

私怨上等、売られた喧嘩は高額買取お礼は盛大に。

『始まるぞ!』

耳元でエドワードの声が聞こえた。
『勝つぞ!』
「おう!」

イワンは大丈夫だろうか。 リツのいる二階から三階に上がる階段にイワンがスタンバイしている。

階段にはバリケードがあり、敵の侵入を妨害するが、それは同時に味方からの援軍も望めない、自分が上階に逃げることも助けに行くことも出来ないことを示している。

フロアを突破された時はそこに配置された兵士が死んだということ。
演習とはいえかなりシビアな作戦を立てたものだとリツは唇を舐めた。

銃の訓練をした事はあるが、それはハリボテに対してだ。
実弾ではなく、ペイントで命中判定のカラーボールとはいえ、生きて動く人間に対して銃口を向けるのは平静を装っても心臓が言うことを聞かない。

極度の緊張は手の震えは判断力の低下にも繋がる。

(深呼吸……し過ぎるわけにはいかないしな)

心を落ち着けようと過度の深呼吸を行えば血中の酸素濃度が高くなりすぎて過換気とされ息を吸えなくなり余計にパフォーマンスが低下する。

イワンの心配ばかりしていられないな、とリツは胸を抑え、大丈夫、と自分に言い聞かせた。

『1F西非常口より4名侵入』

──トン

ハンナの声にリツは脇の下のホルスターに手をかけた。

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