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▼ 63 悪い笑み


「ふっふっふ。 仕込みは上々」
「上手くいくかしら……」

早朝四時、まだ真っ暗な中、リツとハンナは校舎の中を大きなリュックを背負いコソコソと隠れながら歩いていた。
リツは口にペンライトをくわえ、壁のコンセントカバーを手際よく外すと2本のコードが伸びる小さな機械を取り付け始めた。

所々に『仕込み』をしてはノートとタブレット端末を見比べ確認していた。 液晶からの光がリツの顔を不気味に照らしている。


「ねえリツ、怪我だけはしないでね」
「ヘマはしないよ」
「リツを能力使って口説いた末路が……ふふ、女の敵は一度痛い目見るべきよね」

冬季休暇から戻り、カウントダウンイベントにクリスマスイブパーティ、その次の日に付き合い始めることになったこと、そしてそれに水を差した先輩の話を聞いたハンナは「女の敵」にひどく憤慨した。

それから。

夜な夜な一冊のノートを前に悪役かと思えるような顔で何やらああでもないこうでもないと唸るリツの姿を見てきた。強制的に。

リツのいた国の言葉で書かれたノートを読むことは出来ないが、それでもろくな事が書かれていないことは想像に難くない。

「今日は講堂で市警警備部の現役の特殊急襲部隊の人の座学受けたら、実技参加する人はグラウンドで、バスジャック体験と……その後が大本命だよね」
「無理はしないでね。 年末に怪我したばかりなんだから」
「だーかーらー、ヘマはしない! 平気!」
ぱちん、と小気味好い音を立て、壁のコンセントタップを填めた。 中には小型のカメラが仕込まれており、コンセントから給電、そのまま撮影した映像がタブレットに届くようになっている。

「どう、インオペにも届いてる?」
「ちょっとまって」

ハンナはゴツいゴーグルを装着し、ゴーグルの横のボタンを押した。 かすかな電子音とともにゴーグルのレンズ部分に映像が映し出された。
カチカチと何度かボタンを押して映像を切り替え頷く。

「大丈夫、インフォメーションオペレータにもちゃんと映像きてるわ」
「上々」
リツはニンマリと笑った。
授業にかこつけて最大限私怨を晴らすつもり満々だった。

「よし。 じゃあ寮に戻って最後の調整をしよう。 よろしくハンナ」
「まかせて。 あんな男のクズ、やっちゃいましょう」

ぐ、と2人は拳を付き合わせ、悪い笑みを浮かべた。











「うん、いい感じ」

灰色の作業服を身につけたリツは寮の部屋の中で軽く体を動かし不具合がないか確かめる。
アカデミーのトレーニングウェアと違い、今回のテロ対策特別授業用に用意されている『テロリスト役』のウエアだ。
全員参加の座学を終え、希望者のみの実践授業。
二年生が特殊急襲部隊──通称SAT役、一年生がテロリスト役に担う。

まずは練習を兼ねたバスジャックの制圧、次いで校舎の一部を使ったより実践に近い模擬演習が行われる。

校舎のどこかに人質がおり、その救出と建屋の制圧、テロリストの確保をどれだけ早く、安全に行えるかが評価ポイントだ。

テロリスト役は授業で学んだことを生かし作戦を立て、SAT役も授業で学んだことを生かして対策を練る。

台本のないこの訓練は刻刻と変わりゆく状況を読み判断、対応しなければならないヒーローとしての適性が問われる。

ヒーローになるつもりの無いリツはイワンとエドワードの邪魔にならないように「ターゲット」を狙わねばならない。

「まずはテロリスト役のみんなで作戦会議がある。 ハンナにも聞こえるように集音は入れとくから」
「ええ。 上手いこと誘導してちょうだい」
「なるべく偵察か遊撃役に回れるようにする。 先輩方見つけ次第発信機取り付ける」

「電池の残量もチェック済みだけど……こんな小さな電池があるなんて知らなかったわ」

ハンナは机の上に置いてある予備の電池をつまんだ。
爪よりも小さく、ボタン電池の半分もない。
「最近はスマートフォンの広がりとともにウェアラブル端末も進化してるからね。 小型軽量化は永遠のテーマとロマンだよ。
このリチウムイオン電池は近距離無線通信に適した高出力でめっちゃ便利なんだよ」

よく分からない、とハンナは肩をすくめため息をついた。

「ま、いいわ。 送られてきた状況は全てリツのゴーグル……インフォメーションオペレータに送る。 マイクはカレリンくんたちとの通信もあるだろうから、yesと右は1回、noと左は2回マイクを叩いて。 3回で緊急事態、モールスの前の合図は分かるわね?」
「頭に叩き込んだ。 インオペはスタートしてから付けるから、ハンナ、指示よろしく」
「まかせて。 ターゲットは二年のノーマン・ガネル 最終目標は」

に、と二人は顔を見合わせて笑った。

「「恥をかかせること!」」



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