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▼ 60 みてしまったもの


授業開始ギリギリに現れたイワンは心なしか疲れているように見えた。

視線を合わせて手をあげれば、イワンも小さく手をあげて挨拶を返した。
「ちょっと、ねえ、カレリンくんどうしたの?」
小さな声でハンナはリツに話しかけた。
「渡せてないの?」
「うん。 朝は会えなかったんだよ。 後で渡すけど……」

カバンに忍ばせたチョコレート。
ハンナと一緒に寮の食堂を借りて作ったバレンタインのチョコレート。 試食した限りでは美味しく出来たと思える出来だった。

「……リツからチョコレート貰えなかったから、ああなってたり」
「しない。 第一、まだ朝だよ。 なんかね、シニアプランク?ってやつがあったらしくて」

同性からカードとバラを貰いそうになった、らしいとエドワードから聞いたことをハンナに話せば、ハンナは頬と口元を両手で隠し必死に笑いをこらえていた。

「笑い事じゃないよハンナ」
「そうね、一大事、ね、ふふっ」


一体誰がイワンにカードとバラを差し出したのか。
イワンに視線を向ける者がいないか、リツは今日一日観察しよう、と心に決めたのだった。











「うそだろ……」
「ご愁傷さま、リツ」

イワンを監視する暇がない。

休み時間、ひっきりなしにやってくる女子の相手でイワンを見失ってしまった。

「日頃のお礼」と称したお菓子に、ネクスト能力で咲かせたという花、○○さんから、と代理で持ってくる人々にリツは頭を抱えた。
しかしその状況はハンナも同じで。

「シュテルンビルトのバレンタインなめてた」
「二ホンでいうトモチョコっていうのが盛んなのよ。 はい、私から」
「もっと早く言ってよハンナ」

ありがとう、とお礼を言ってもらった人物の名前をメモする。一ヶ月後にはお返しをしなくてはならない。

「でもカレリン君も律儀ね」
「え?」
だって、とハンナはイワンの机の上を指さした。

「受け取ってくれないから、不在の机の上に置いてくのよね」
「……」

それはリツも気になっていた。
人と接するのが苦手なイワンは休み時間の度にどこかへと逃げている。 そこで渡せなかった者はイワンの机の上へ置いていくのだ。
全く関係の無い、付き合いの無い者へ友チョコ義理チョコを置いてゆくのはお国の違いというよりは根底にある、
女神を筆頭にした隣人愛だとか、信仰による価値観なのかもしれない、とリツはイワンの机の上にある物たちを見つめていた。

「リツがいるから断るんでしょ。 同じクラスのよしみって言っても受け取らないんだもんねー」

リツは自分の机の上を見た。 対して自分はどうだろう。


「……女子から以外は返してくる」
「それがいいわね」

リツは受け取った包の中から何個かをより分け、それを持って立ち上がった。

「いってらっしゃい」

にこりと笑うハンナに感謝をして、リツは教室を出た。











「はぁ……」

イワンは渡り廊下をとぼとぼと歩きながらため息をついた。
義理の一環として飛び交うプレゼントや、カードに花。
リツに義理立てるというよりはこういったイベント全般が苦手だった。
話したこともない、視線を合わせたことがないクラスメイトから差し出されるバレンタインのモノ。
向こうからしてみれば同じ教室で学ぶ者全てに用意しているのだからそこに大した意味は存在しない。
余計なイベントを流行らせたメディアには恨みしかない。
特定の想い人や感謝を伝えたい人だけに渡すだけのままであってほしかった。

バレンタインだからと包みを差し出してきた者にその日以外で話しかけようものならきっとゴミを見るような視線を返してくるに違いない。
ヒーローアカデミーに入学する前の経験上、そういった者達には極力かかわらない方が良いのだと知っている。嫌というほど。

「はぁ……」

もう一度溜息をつき、イワンは携帯電話を開いた。

ディスプレイには時計と天気予報のテロップが流れるのみで、期待していたメールは届いていない。

(そろそろ戻らないと……)

もうすぐ休憩時間が終わる。 重い足どりを誤魔化そうともせずゆっくりと教室へと戻る。

(リツ、誰にも渡してなかったな)

今日は休日ではない。
休日限定の恋人関係。

もしかしたら貰えないのかも、と更にイワンの心に影が増す。
どんよりといつにも増して影を背負ったまま廊下の角を曲がれば、教室の前にリツの姿が見えた。

(え!?)

見えた光景にイワンは思わずびたりと足を止めた。

(リツが! バレンタイン渡してる! 男子に! 日系男子に!)

普段伏し目がちの目を見開き、前髪の間から凝視する。
リツが笑いながらプレゼントを渡し、相手もまた笑いながら躊躇いがちに受け取った。

手のひらサイズの小さな包み。

(……やっぱり、同じ日系の人の方がいいのかな)


自分にはくれないバレンタイン。
自分には持ちえない黒い色素。

その後の授業の内容は、さっぱり頭に入らなかった。


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