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▼ 59 バレンタイン

「ねぇリツ、バレンタインどうする?」

ハンナの言葉にリツは英語の辞書からハンナに視線を移す。

「え、こっちのバレンタインって男子がなにかする日じゃないの?」
確か女子から何か贈り物をしたりするのはニホンなど一部限られた国のみの習慣なのだと一応リツは知識だけは持っていた。

「そんなの古いわよ。 今は男も女も関係なくなってきてるのよ。だって、なにかプレゼントされたら嬉しいじゃない」

そういうものなのか、とリツは辞書にヒモを挟み机に置いた。椅子をくるりと回しハンナの方を向く。
ハンナは彼氏のことを思い浮かべているのだろう。頬がバラ色に染まっていた。

「うーん、じゃあニホン式にチョコ用意してみようかな」
「もちろんカレリンくんにはカードもそえるのよ」
「イエスマミー」

「もちろん手作りよね」
「まさか。買ってくるよ」

リツの半笑いの言葉にくわりとハンナは目を剥いた。
「だめよ!」
「!?」
豹変したハンナにびくりとリツの肩が跳ねる。恋愛事となるとハンナは鬼教官と化す。

「ギリチョコってやつならともかく! ニホンじゃ本命は手作りなんでしょ!?」
「それは偏見だよハンナ……市販のものだって今は色々凝ったものがあるし、」
「そう……これは私のニホンに対する偏見よ。
でもね、考えてもみて。この偏見はきっとカレリン君も似たようなものよ」
至極真面目に力説するハンナに、
なるほど、とリツは頷いた。
真正面から言われると信憑性が増す。

「そういう事か」
「そういう事よ。 その偏見と思い込みの結果、市販品をもらったカレリンくんは義理チョコだと思って落ち込んじゃうんじゃないかしら」

リツは心の底からハンナに感謝した。
彼女のおかげで無用なトラブルをひとつ回避することが出来た。

しかし手作りをするのなら、次なる悩みは何を作るか、である。

「ねぇハンナ」
「もし私と同じことを考えているなら一緒に考えましょう」

ハンナは数冊の本を取り出した。

『JAPAN式バレンタイン☆ヤマトナデシコ手作りパワーで本命のハートを狙い撃ち!』
『チョコレートのお菓子初級』
『簡単☆混ぜて焼くだけお手軽スイーツ10選』
『パティスリーエクレウスパティシエ監修・オトナのボンボンレシピ』
『彼の喜ぶスイーツ特集・別冊ラッピングお手本付き』

「どれがいいかしら」
「……」
用意周到巧妙に誘導されたのだとリツは悟ったのだった。









バレンタイン当日、朝。
部屋を出てすぐにチョコレートの香りがした。
夜のうちに作ったり、朝から渡したり食べたり、のせいなのだろう。
廊下までチョコレートの甘い香りが漂っていた。


「ワァー、エドワードモテルネ」
寮の食堂に降りてゆけば既にエドワードの座るテーブルにはカードやらチョコレートやお菓子と思しき小さな包みなどが小山になっていた。

流石は将来のヒーロー有望株だな、と小山を見つめ小さな笑いがこぼれた。

ハンナが言っていたとおり男女は特に関係ないんだな、とリツはエドワードを見て思った。

「……リツ、要るか?」
リツたちに気づいたエドワードがスプーンで中身がお菓子のプレゼントを示し、処理を手伝えと訴えてきた。

「甘いものは好きだけど、ここで堂々と押し付けられると後で陰湿ないじめが発生しそうだから辞退させてもらうね」

乙女心を傷つけるような事を堂々としないでほしい。恨みの矛先が向かってくるようなことは特に勘弁して欲しい。

「ね、イワンは?」
「あいつなら逃げた」
「……は?」

どういうことだ、とリツは首をかしげる。
「朝イチ、男からカードとバラ貰いそうになったんだと」
「それ本当?」
「本当。嘘じゃないぜ。 ま、ただのからかいだろ。毎年後輩にイタズラ仕掛けるのが伝統らしいからな」
「こんな無駄な伝統初めて聞いたよ」

エドワードは食事の手を止めた。
「あー、ニホンにはないのか。 シニアプランクつーんだけど聞いたこともないか?」
「わかんない」

「卒業生が後輩や教師、学校に仕掛けるイタズラ。 特にヒーローアカデミーのは悪質だって有名だぞ」

リツは首をかしげた。 ヒーローアカデミーの卒業生である兄やアンリからは聞いたことがない。

「冬休み終わるとちょこちょこ仕掛けて、最後に一発デカイ イタズラをするのがヒーローアカデミー流らしい」
「先輩方はヒマなの?」
「さあな」

何となくシニアプランクというものを理解したものの、どうにも腑に落ちないことがひとつ。

「なんでイワンなの」
「シラネ」

適当に返したエドワードの言葉が聞こえていないのかリツは悶々と考え込む。

「まさかイワンって男子からモテるの……?」

(確かに美人だしかっこいいし笑うと可愛いけど!)

いつも長い前髪で顔を隠してはいるが、イワンがととのった顔をしているのはリツ自身がよく知っている。

けれど長い前髪で隠しているのは寮の外のみだとしたら。
男子寮や、入浴のあと等は髪が邪魔だと前髪を留めていたりくくっていたりしていたとしたら。

思わずその姿を想像してしまい、リツは口元を手で覆い天を仰いだ。

──見たい。 いや、いつか絶対に見る。

ととのった顔をしているのだから前髪で隠す必要は無いのに、と思っていたリツだったが、この事態に考えを改めざるを得ない。

隠してほしい。誰にも気づかせないでほしい。
ふつふつと湧き上がる嫉妬心を放っておくとどんどん膨らんでしまいそうで、落ち着け、落ち着けと自らに言い聞かせた。

けれども女子ではなくイタズラとはいえ男子からのアピールがあるなんて。

(……由々しき事態だ)

「おーい、リツー?」

「……」
「おーい……イタズラだって。おーい。」

イワン一人に対処させて良いものだろうか。 いや、良いはずがない。
面倒事を避けようと交際している事は伏せてはいるものの、どうこの事案を処理すべきかリツは必死に頭を回転させた。

「……とりあえず、はい、エドワード義理チョコ」
はい、と手渡されたのは手のひらサイズのラッピング。
ドーモ、とエドワードはテーブルの上の小山にリツからのプレゼントをのせた。

「イワンにカードとバラを渡そうとした人分かる?」
「いや、分かんねェけど」
「そう、ありがとう」

リツは食事を取らずそのままフラリと食堂を出ていってしまった。


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