▼ 58 馬鹿は風邪を
「ふぇっく………止まった」
「今どきエレメンタリーの子だって雪合戦しないわよ。リツあなた何歳なの」
「す、すみませっっくしょん!」
冷えた体を温めるためシャワーを浴び、タオルで髪の水気を取っていたリツは手を止めた。
エドワードの顔面に雪玉をあて、そのエドワードはすぐにネクスト能力を使い下に降りてきた。
そこからはネクスト能力を駆使しリツに集中攻撃を仕掛けるエドワード、
逃げながらも反撃するリツ、
リツに雪玉の補給をしながらも流れ玉をくらうイワンと約一時間本気の戦いが行われた。
「だってー。 イワンじゃ本気にならないの分かりきってるし。エドワードも混ぜたら楽しいかなーって」
「それでびしょ濡れだったのね。」
ハンナはため息をついた。
「遊ぶのもいいけど、もうすぐリツが楽しみにしてたテロ対策の授業があるのよ。
風邪ひいて熱出して参加出来ない、なんて「それは困る!」
リツは髪を拭く手を止め、机の上に置いてある一冊のノートに視線を移した。
ノートの表紙には日本語で『某先輩必殺計画』と書いてあった。誰も漢字を読めないことを良いことに堂々と物騒なタイトルを書いてある。
「テロリスト役楽しみにしてるから絶対休めない」
「正義側じゃなくて?」
「それは先輩方と市警のひと。 一年生はいつもテロリスト役らしいよ。楽しみだなぁ、ターゲットは決めてるんだ」
きり、と片方の唇の端を上げリツは不敵な笑みを作る。
「……くれぐれも停学にならないようにね」
前々からリツはクリスマスの仕返しをどうするか考えていた。
同じ擬態系ネクストの能力の悪用、そして、付き合いはじめたばかりのイワンとリツの仲をこじらせた一人の先輩の存在は若干の八つ当たりも含めリツの心の中でずっと燻っていたのだ。
「ふぇっくしょんっ……あーやばい、なんかゾクゾクしてきた。 寒い……」
「……熱はかる? 場合によっては授業休んだほうがいいかも」
机の引き出しからハンナが体温計を取り出しリツに差し出した。
「わーやだー。102.2°Fも熱あるわよ」
ハンナはリツから取り上げた体温計を見てため息をついた。
「華氏じゃわかんない……それって摂氏で何度……?」
「摂氏なんて知らないわよ。 おかしいわね、バカは風邪をひかないはずなのに」
「成績悪くてもウイルスを前に私は無力だよ」
102.2°Fが何度なのかは分からないが、ハンナの反応からそこそこの具合の悪い体温なのだろうと思い、リツはベッドに転がったまま毛布を引き寄せた。
「休む」
「そうね。 今日は寝てさっさと直した方がいいわ。 ご飯も持ってきてあげる」
ふふ、とハンナは含みを持たせた笑みを浮かべ部屋を出ていった。
*
「リツ……?」
名前を呼ばれ、はっと目を開けた。 発熱で痛む頭と目を億劫ながらも動かせば、
トレイを持ったハンナの姿があった。
「食べられそう?」
「……?」
ぽわんとした表情でハンナを見てその手に持つものの食欲をそそる匂いに意識がはっきりとしてきた。
ハンナはリツの机の上にトレイを置き、ベッドの傍に膝をついた。
「……授業始まるよ、イワン」
「なんでわかるの」
「わかるに決まってる」
苦笑しながらもリツは体を起こした。
イワンは擬態を解くと小さくため息をついた。
なぜ分かってしまうのか。 問題点を分析して改善しなくてはいけないのにその問題点をリツは語ろうとしない。
「……授業までまだ二十分あるから、ギリギリまでいるよ。
その、ルーカスさんから朝食頼まれて……」
ハンナが仕向けたのか、余計なことを、とリツの中に苦いものが広がった。
そう期間を置かずに二度目の看病とは迷惑ばかりかけているようで申し訳なさが勝る。
「ありがと。食べるからイワンは早く教室行きなよ」
「ちゃんと食べるの確認してほしいってルーカスさんが……」
「……それは気にしなくていいよ。 風邪移したら大変だから、イワンは早く部屋出た方がいい。
私が授業休むのは特に支障ないけどイワンはヒーロー志望でしょ。
ほら、早く出た出た」
のそりとベッドから出てイワンの背を押す。
「ほら、早くハンナに擬態して」
「リツ……」
イワンは振り向いて肩越しにリツの事を気にするが、
熱を出しているリツの赤い顔を見てやはり心配だと踵を返した。
「リツ、やっぱり僕」
振り向いてそのままリツを腕の中に閉じ込めようとした、瞬間
「せいっ」
「えっ」
身をかがめ拘束を解きそのままイワンの手首を掴んで返し合気道の技を決めた。
「いたたたたっリツ!?」
「今日は平日じゃい!」
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