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▼ 57 まぶしくて

「っさむ!」
早朝、トレーニングのため外へ出ようとしたリツの足が止まった。

暖房の効いている寮から外気を隔てるドアを開けた瞬間、ビリ、と痺れを感じるほどの冷気が流れ込んで来た。

パタンと一度閉め、腹に力を入れもう一度開け外へと踏み出した。

外は銀世界と呼ぶにふさわしい色をしていた。
夜のうちに積もった雪は朝日を乱反射させキラキラと輝いていた。

ギュ、ギュ、と音を鳴らしながらグラウンドに向かえば男子寮から続く一人分の足跡が見えた。

「!」

イワンだ。
朝のトレーニングを始めた時はリツの方が先に来ていた。
しかし最近はすっかり逆転していて、イワンの体が温まる頃リツが合流する、というパターンが出来ていた。

グラウンドの手前でリツは立ち止まった。

イワンはトレーニングのメニューも覚えた。
自らにあったペースも覚えた。
筋肉の効率的なうごかし方、関節の可動域やそれを繋ぐ靭帯の限界を利用した格闘術も、理論は完璧と言ってもいいほど、この数カ月でイワンは上達し、成長している。

リツは走り込むイワンの姿を見て内心首をかしげた。

自分は必要だろうか。
自分が一緒にトレーニングをしてイワンの得られるメリットはもう無いのではないか。

あとは体の成長に合わせ負荷を変えていくだけだ。
優秀なイワンなら自分で計画を立てられるだろう。


(私は、必要?)

「……」

リツのなかで疑問は畏れに変わった。

キラキラと氷の粒が輝く中、汗を流すイワンが美しく、遠く見えた。

「……」

リツは目を細めた。
いつか自分が、リツの存在が不要になる時が来るかもしれない。

(私は……その時どうするんだろ……)

いつか一緒にいられない時が来るのかもしれない。
今好きという気持ちも、もしかしたら消えてしまうかもしれない。
この世に存在するカップル全てが結婚という形に落ち着く訳では無いし、仮に結婚したとして離婚率を考えれば「ずっと一緒」でいられる未来の確率は恐ろしく低く思えてくる。


「──あっは」


思い浮かべた未来を打ち消すようにリツは笑った。
未来という不確定なものに不安を抱いても仕方が無いと分かっている。
分かってはいるが、一度描いてしまったモノがリツの心臓をぎゅうぎゅうと締め付けて離さない。

(……考えたくないな)

リツはしゃがみこむと足元の雪をつかみギュ、と握り固めた。それをもう一つ、二つと増やしていき、ギリギリ片腕で抱えられるほど作ると、それを抱えてイワンの元へと駆け寄った。

イワンもリツに気が付き声をかけようとしたーー瞬間。

「隙ありィイイイイ!!」

リツは大きく振りかぶり、雪玉を思いっきり投げつけた。

「っ!?」

ぼす、とイワンの腹部に当たった。

「よしっ!」
「……リツ?」

腹部に手を当て、驚きで目を丸くしているイワンに更に二発、三発と投げつけ、それぞれ肩と太股に被弾した。

「イワン、避けてよ。これが銃なら大変だよー?」

ニヤリと笑うリツの表情に、イワンはギクリと身体を強ばらせた。

(絶対ろくなこと考えてない顔だーー!)

「リツっ、銃と雪玉は違「さ、次々行くぞーっ」

に、とリツは更に口の端を吊り上げる。

「えっ? ま、待ってよリツっ」
「ほら避けろーぅ」

まずは足元。慌てて跳び退ったイワンの足元にもう1発。バランスを崩したところで肩、脇腹、と次々命中させていく。

「ほら、ちゃんと避けてよー」

命中したとて所詮は雪玉。命中と共に砕けてしまうので痛みはないがそれなりに衝撃はある。

足場が悪い上に軸がぶれて踏ん張りが効かない。

「雪の日だって悪者は待ったナシなんだぞー」

最後の一発をべしゃ、とイワンの額にぶつけた。

思わず目を閉じるイワンにリツは笑いを漏らす。

「いやいや、今のは避けるか手で防ごうよ」
「……銃なら手じゃ防げないよ」
「じゃあ死ぬ気で避けた方がいい、ね?」

ぱち、とリツは携帯電話を開き電話をかけ始めた。それを肩で挟みまた雪玉を作り始めた。

誰に掛けているのだろうか、とイワンはリツの姿を見つめる。

黒髪からのぞく耳は寒さで赤くなっている。
全然運動していないリツはまだ体が温まっていないだろう。

電話の相手はまだ出ないようだった。

リツは拵えた雪玉を抱え寮の方へと走りだした。
サクサクと雪を踏みしめ走る音は軽やかだ。
携帯電話電話を片手でおさえ、雪玉を抱えて器用に走る。
トレーニングしないのかな、とイワンは疑問に思ったがそのままリツの後を追いかけた。

リツは男子寮を見上げ、
「もしもーし、おはよ! ちょっと今すぐ窓開けて! いーからいーからっ」

エドワードかな、とリツの電話の相手に当たりをつけ、イワンは上を見た。

程なくして一つの窓があいた。案の定電話の相手はエドワードだったようで、携帯を耳に当てた赤毛の少年が顔を出したーー瞬間

『朝っぱらからなんっーー!』

リツは大きく振りかぶり、エドワード目掛けて雪玉を投げた。

「……リツ、なにして……」
「ふっふっふっ」

べしゃ、と見事雪玉はエドワードの顔面に命中した。

『っ!!』

「下に来てよ! 遊ぼう!」

リツは通話を切り、ポケットに携帯をしまうともう一発、雪を払うエドワードに向けて投げた。






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