▼ 55 戻る前に、こういうこと
「!?」
アカデミーへの帰り支度と、イワンはエドワードが持ってきた荷物を整理していた。
服をたたみ直し詰めていたら、ぽとりと落ちたものがあった。
正方形のビニールの包みにまるいシルエットがうきあがっている。
イワンは慌てて引っつかみカバンに押し込んだ。
(な、なんてものを入れてっ!? )
つまりはそういう事だ。エドワードなりの気遣いなのか悪ふざけなのか。
戻ったら無言で突き返すべきか、このまま貰ってしまおうか少し迷ったが、
どうせニヤニヤしながら聞いてくるんだろうな、とイワンはため息をついた。
まだ恋人関係になって一週間と少し。
それも『休日限定』という少し特殊な条件がある。
自分らの歳からこういう性的関係を持つ者も少なからずいるらしいが、イワンはまだ想像出来ずにいた。
ーー妄想はするが。
(リツもこういうこと考えたりするのかな……)
何せ付き合う前だが、
自分に擬態したことがあるのだから何を今更、と目の前でドレスに着替えようとした前科のあるリツだ。
(リツに擬態……)
膨らんだ胸、柔らかくまろみを帯びた体のライン、そして何より違うのは、
(な、何考えてるんだ僕はっ!!)
クリスマスイブ・パーティの時の擬態を思い出し、その体の感覚を事細かに思い出してしまい、イワンはブンブンと左右に頭を振った。
けれど、気づいてしまえば興味は止められなくて。
(……寮に戻ったら、擬態してみ……な、何考えてるんだダメに決まってるじゃないか!!)
熱を帯びた頬と下腹部に知らないふりをしてイワンは荷物の整理を再開した。
*
エドワードが持ち込んだイワンの着替えといらぬ気遣いを詰め込んだカバンを玄関に置き、イワンはリツの元へと戻った。
「あ、準備できた?」
食器などの洗い物を済ませ、リツはソファで携帯を見ていた。
目が見えない間に来ていたメールなど友人への返信をしていたのだろう。
ぱたん、と音をたてて携帯を閉じリツは立ち上がると、イワンの袖を引き自室へと引き込んだ。
「……リツ?」
どうしたの、という言葉はイワンの口から出ることは無かった。
ドアを閉めるなり、リツはイワンにぎゅ、と抱きついた。
「アカデミー戻ったら、こういうこと出来ないから。ほかの人に見られて厄介なことになるのは嫌だから」
イワンの胸が、心臓がドクドクと主張してくる。
鼓動一つがいつもより大きく、そして余計に響くような胸の高鳴り。
「休みの日だけ恋人って言ってもさ、アカデミーで大っぴらにこういうことはしないからね。
……だから、今、しておこうと思って」
「!」
(……そっか……そうだよね)
以前、リツとよく一緒にいると言うだけで変なやっかみをイワンは受けたことがある。
済んだことではあるが、いちいち気にするのはいつも豪快な性格のリツらしくないな、とイワンは思った。
それだけリツはイワンを大切に思っているのだが、そこまで察せる程イワンの対人、恋愛スキルは無かった。
怪我をしていない腰にそっと手を回してイワンも抱きしめ返す。
「……アカデミー戻りたくない、かも」
「うん。でも戻らなきゃ……テストあるし、イワンはヒーローになるんだから」
「僕なんか……エドワードは確実かもしれないけど……」
「なーるーのー。 イワンとエドワード、二人が一緒にヒーローTVに映ったらキャプ待受にする」
ふふ、とリツは笑う。
ほんの少し体を離してイワンの前髪を人差し指でよける。
現れたアメジストのような瞳。
不安げに揺れた瞳を片手で隠し、そのままリツは唇を近づけた。
最初は触れるだけ。
ふに、と柔らかい唇を軽く啄み離れた。
真っ赤。
そう表現するにふさわしいほどイワンの肌が染まっていた。
唇を離しても目を隠す手は離さない。
「っリツ……」
「なあに?」
「っ……」
もっと、もっとしたい。
けれども早鐘を打つ心臓と、湧き上がる欲が綯い交ぜになりどう言葉にして良いか分からずはくはくと微かに唇を動かしただけだった。
第三者の目から見ればたかが口付け一つ。
ただの軽いキス。
「……座ろ」
再びリツはイワンの袖を引いてベッドまで誘導した。ぽすりと座り、おいで、と手を広げてイワンを待った。
「っ」
導かれるままイワンはリツの横に片膝をつき、頬に手を添え、一瞬ためらったあと覚悟を決めて湧き上がった欲とともに唇を合わせた。
柔らかく生暖かい感触。
ぺろ、とイワンはリツの唇を舐めた。
そのまま舌を割り込ませ唇の中へと侵入する。
(うわ! イワンが! うそ!?)
いつも消極的な恋人のまさかの行動にリツは思わず薄く目を開けた。
目の前には色素の薄い睫毛。
侵入してきたものにそっと舌を絡ませればもう心臓が破裂してしまうのではないかと思えた。
たまに、ごくたまにこの恋人は予想を見事に裏切ってくれる。
「ん……」
口の中の粘膜が熱く、このまま混ざりあって溶けてしまうのではないか。そう思えるほどに粘膜同士の接触は柔らかく、暖かくて理性が焼き切れてしまいそうになるほど気持ちがよかった。
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