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▼ 54 爽やかな朝、朝ごはんを食べながら

「全快!」
「……怪我は治ってないよねリツ」

朝、完全に視力の戻ったリツはクリアな視界にいたく感動していた。
「健康って素晴らしい!」

いやまだ怪我してるでしょ、とイワンは言いたかったが多分聞いてないな、ということがヒシヒシと感じられたのでイワンはそれ以上は言わなかった。

恋人同士、同衾していたという色気は全く感じさせず、爽やかな朝、そしてリツの表情。

(べ、別に何か期待したりなんかしてないし……リツは怪我人だし、リツの目が見えるようになったのはいい事だし……)

それでも悶々と考えてしまうのは年頃の男子といったところか。


「さ、ご飯食べて帰ろ。 明後日には休み明けのテストあるし……テスト……あるし……」

するりと自分の口から出てきたテストという単語にリツは唖然とし、その後、頭を抱え青ざめた。

「……イワぁン」
「わかってるよ……」

言いたいことはすべてわかっている。
イワンの表情がそう言っていた。


持つべきものは頭の良い恋愛全振りのルームメイトよりも頭の良い恋人だった。



視力の戻ったリツはテキパキと台所で朝食の用意をしていた。
リツの母親は日持ちのしないものはすべて片付けていったらしく、
パンはなかったので白米を炊いて和食である。
「イワンなまもの以外に食べれないものある?」

ジャカジャカと米を研ぎながら、限られた食材であれこれ献立をああでもないこうでもないと考える。

「……たぶんだいたい食べられると思う……たぶん」

自分の嗜好にすら自信なさげな様子のイワンにリツは苦笑した。
ニホンが好きで日本食も興味はあれど学生の身では様々な種類を食べる機会はないのだろう。

リツは炊飯器に研いだ米をセットし早炊きのボタンを押す。

もう一度冷蔵庫を開け中身を睨みつけるようにチェックする。
(卵……調味料類……ジャム、バター、ビールに佃煮……見事にママ食材使い切っていったんだ……)

冷凍庫を開ければ小分けで冷凍された肉とカット野菜、アイス。
キッチン横のかごにはじゃがいもと玉ねぎ。

「……」

せめてウインナーかベーコンがあれば、と思ったが、リツの母親はうまく食材を使い切り旅行に行ったらしかった。

仕方なくおそらく鶏肉と思われる冷凍された肉を取り出しレンジで解凍にかける。
そして鍋に出汁のパックを放り込み火にかけた。

かごから玉ねぎとじゃがいもを取り出し皮を剥いて切り刻む。

出汁が出て黄金色になったところで小さめのフライパンに分けてその中に早く火が通るようにと薄切りにした玉ねぎとこれまた薄くそぎ切りにした解凍された鶏肉を入れる。

小鍋にはじゃがいもを入れ、乾物のわかめはないかとシンクの下や引き出しをあちこち開けて探す。

ふと視線を感じて顔を上げればイワンがキッチンを覗いていた。

「どうしたの?」
「あ……なにか手伝う?」

手伝い。一緒に料理。
これぞカップルらしい行動だ、とリツは感動したものの、特に品数を多く作るわけでもなくなんとなく照れくさくて「大丈夫だから」と断ってしまった。

「見ていても、いい?」
「うん? いいけど、特に面白いことはないよ?」

カウンターから手元に注がれる視線は、まるで試験でも受けているようだ、と妙な緊張感があった。
覗いているイワンにそのようなつもりは無いのだろうが、なるべく丁寧にリツは手を動かした。






「はい、親子丼と味噌汁デース」

限られた食材と、リツのレパートリーではこれが限界だった。

これが自分の母親ならもう少しなにか工夫するなり品数を増やすなり出来たのだろうが、今日のところはこれで勘弁してほしいとリツは空っぽの冷蔵庫を思い出してため息を飲み込んだ。

「オヤコドン!」
「うん、親子丼」

何の変哲もないただの親子丼だが、これが今のリツにとっての精一杯だった。
それでもイワンは喜んでくれたようで、目を輝かせていることにリツは安堵した。

イタダキマス、と手を合わせる。

出汁の香る出来立ての親子丼をスプーンで一口、二口と口に運べば、その美味さにほんのりとイワンの頬が上気した。

その様子を見て、口にあったようだ、とリツはほっとした。いくらニホン好きでもその全てが好きとは限らない。

イワンが生魚がダメなように、他にもあるかもしれない。
とりあえず火を通してあるものなら大丈夫だろうと空っぽの冷蔵庫で苦心して作ったが、合格点のようだった。

「ごめんねイワン」
「……なに?」
「せっかくのお休みなのにさ、私の面倒見てもらって。全然遊べなかったでしょ」

リツの言葉にイワンの手が止まった。
むしろ泊りがけでこうして一緒にいられるのだからイワンにとって願ってもない状況なのだ。
声が、視力が戻るのか不安ではあったが、こうしてまた話すことも出来るようになり、後は背中の火傷だけになった今、もうアカデミーに戻らなくてはいけないのか、と少し残念でもある。

「僕は……色々あったけど、リツと一緒にいられたから……。
その……きっかけはリツの怪我だからこう言うのはダメかもしれないけど、一緒にいられて、その……嬉しかった」

「!」

イワンに迷惑をかけた。
良かれと思って誘ったカウントダウンイベントでは、目当てのヒーローショーを見ることが出来ず、
余計な心配をかけ、
そして看病をさせてしまった。

申し訳ない気持ちで いっぱいになりかけていたリツだったが、イワンの言葉でほんの少し気持ちが楽になった。

「僕らの年で、こうやって一緒にいられるなんて、まず有り得ないし……怪我したリツには申し訳ないけど……一緒にいられて嬉しかったよ」

そうはにかんで言われれば、もうリツの胸はいっぱいで。

「ーーっ」
(か、かわいいっ! この破壊力!!)

リツは努めて「普通の顔」をキープしようと腹筋に力を込めたが、はにかむイワンの可愛さと、一緒にいられて嬉しかった、というイワンの言葉がじわじわとリツの中に染み込み思わず口元が緩んでしまった。

かっこよくて、美人で、たまに笑うと可愛くて。
ネガティブ、心配症、猫背で人の目を見れなくて、おどおどしている時もあるけれど、慣れればたまに笑ってくれるしちゃんと話してくれる。

絶対誰にも譲らないぞと、改めてリツは思ったのだった。





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