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▼ 48 土下座の使いどころ

「リツ?」

朝方、イワンは苦しそうな息遣いが聞こえ目を覚ました。
「っリツ! 痛いの?」
手を握れば汗ばみ、冷や汗で額に髪が張り付いていた。
「薬持ってくるねっ」

イワンはあわててリビングに置いた薬の袋を取り、ミネラルウォーターのペットボトルを持って部屋に戻った。

ぱき、とアルミシートから錠剤を取り出してリツの口に当てる。
「リツ薬っ」
微かに開いた口の中に押し込む。ふに、と唇の感触にイワンはドキリとしたが、急いでペットボトルを開封する。

「体起こせる?」

眉を顰めつつもリツはゆっくりと身体を起こした。イワンはリツの肩を支えてペットボトルを渡した。

ごくりと喉が上下した。

なんてことの無い動きが妙に艶かしく見えた。

(……)
イワンは目をそらす。
こんな時に何を考えているんだと大腿をつねった。

リツからペットボトルを受け取りキャップを締め床に置く。
「直ぐに効いてくるから……」
眉間にシワを寄せ、こくりとリツは頷きまた横になる。
背中が痛むので仰向きには寝られない。

投げ出されたリツの手に手を添えればぎゅ、と握り返された。
(早く良くなってね)
そう願いを込めてイワンはリツの手に口付けた。












「…………」
「ちっ……ちがいます、誤解ですっ」

じと、とリツの兄はイワンを見下ろしていた。

「今朝方痛み止めが切れて苦しんでてっ……それで薬を飲ませてせめてリツが楽になるまで一緒にいようと思って、その、そのまま寝ちゃって、ぼ、僕……ホントにそれだけですっ」

「声が出ないのに良く気づいたなァ、苦しんでるって」
(ひっ!)

朝、仕事を終えてリツの兄は朝食を買い込んでマンションに戻ってきた。
怪我人の妹の様子を見ようとドアを開けて飛び込んできた光景に思わずリツの兄はビニール袋を落とした。

その音で目を覚ましたイワンは凍りついた。

「ごめんなさいっ ホントはずっと一緒にいましたっ」
土下座。
ジダイゲキフィルムでたびたび目にするニホン式最上級の謝罪の使いどころは今だ、とイワンは土下座をした。

「…………まあ、床で寝てたことは評価してやる」

最初はベッドにいました、なんて口が裂けても言えないな、とイワンは伏せたままでいることにした。


「……薬切れてそんな苦しんでたんなら寮戻んねェ方がいいだろうなぁ」
リツの兄はまだ眠っているリツの顔を覗き込みため息をついた。
「同室のヤツ今居ないんだろ? これじゃ戻っても大変なだけだ。 親に伏せたのは失敗だったか……」

リツの兄はガシガシと頭をかいた。
「……お前リツの彼氏……で合ってる……よな?」
「は、はい……」
「付き合ってどんくらい?」
「……一週間です」


イワンは自分で言って改めて自覚した。
まだ付き合い初めて一週間しか経っていない。
「一週間って……まあいいや。 コイツの面倒頼んでもいいか?」
「!」
「まあ無理なら入院させとくけど」

がばりと土下座から体を起こし、イワンはやります、と応えた。
リツ事が心配だったし、一緒に居ることが出来るなら是非とも、と自らお願いしたいくらいだった。

「悪いな。 頼むわ」
ふわ、とアクビをしてリツの兄は携帯電話の時計を確認した。

「親のふりしてこっちでお前らの外泊延長の電話しとくわ。
適当に俺の着替え使ってもいいし」

ぼす、とリツのカバンを床に落とした。
「リツのカバンも見つかったから、起きたら伝えといてくれ。
とりあえず朝飯はあっちに置いとく。
……お前、名前は?」

「イワン・カレリンです」
「……じゃ、俺もう行くわ。入り用なモンあればこれ使え」
これ、と差し出されたのはクレジットカード。
ぽい、と投げられイワンは慌ててキャッチした。

もう行く、とその言葉通りリツの兄は時計を確認するとすぐに出ていってしまった。

「……」

もそりとリツが動いた。
「リツ起きてたの?」

こくりとうなづき、手招きをしてイワンを呼んだ。
差し出された手をイワンが取ると、安心したようにリツは微笑んだ。
『いまなんじ』
「……朝の七時になったとこ。お兄さん忙しいんだね」
『家に帰るのは月に一回くらいだから』

ぱくぱくとリツは口を動かす。
まだ声は戻らないようだった。

そんなに忙しくて良く体が持つな、とイワンは感心した。
『私も就職したらあれくらいこき使われるのかも』
リツはため息をついた。

じ、とイワンはリツの口を見つめる。
長い文はうまく読み取れなかった。

「背中の痛みは大丈夫?」
こくりとリツは頷く。
「朝ごはん食べれそう?」
NO、と首を振り意思表示をする。
痛みは耐えられないほどではないだけで痛むといえば痛む。
あまり食欲は湧かなかった。

けれども寝たふりをして聞いていた会話を思い出せば嬉しくて。
(一緒にいられるのかぁ)
少し前までは気恥ずかしさで気まずいと思っていたのに、今は素直にうれしかった。


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