▼ 46 あ、り、が、と、う
「ったく今度厄祓いしてこい」
そうですね、とリツは兄の言葉にこくこくと頷いた。
スカイハイを見にアカデミーを抜け出した夜にコンビニで立てこもりに巻き込まれ、
クリスマスには銀行強盗で人質にされ、
大晦日には女性を助けようとして別の個室に隠れていた犯人にバチッとスタンガンを当てられネクスト能力をかけられ監禁されて。
なかなかのハイペースで厄が降り掛かっている。
怪我の手当をされ、医者から説明を受けたリツの兄は目頭を揉んだ。
「入院の必要はないっつーから帰るぞ。 目も声もさっき警察から連絡来た通りなら三日ガマンだな」
(三日は長いなぁ……)
リツはアー、と声を出す真似をした。
「親父達には声でない風邪ってことにしとくわ。
まとわりつかれても困るだろ?」
「ーー!」
『ありがとう我が兄よ!』
口パクで感謝を告げ、リツはグッジョブ、と親指を立てた。
「ま、後で警察から親父に漏れた時は知らね」
『いやフォローしてよ!』
「あー、声でないのは不便だなぁ妹よ」
『読唇術出来るくせに! 知らんぷりするなぁっ!』
ぱくぱくと口を動かして抗議するもリツの兄は無視をした。
「正月の間は大丈夫だろ、予定変更せず旅行にはホテルからそのまま行くみたいだしな。 6日までコンチネンタルにバカンスだと。」
そっか、とリツは安堵のため息をついた。
「今日は家に泊まって明日アカデミーに戻れそうか? 見えるようになるまで家にいるか?」
『アカデミーもどる。ご飯問題が深刻!』
「そこかよ」
イワンとエドワードは片方が口パクの話に付いていけず、二人のやり取りを見ていた。
リツの兄が説明すればなるほど、とうなづいた。
「お前らも今日は泊まってけ。俺の部屋使っていいから」
「いいんすか」
「他にアテあるならそっちでも構わねェけど。 」
門限を過ぎればアカデミーには鍵がかかる。
無理やり入れなくもないが、二人はリツの兄の言葉に甘える事にした。
「それに、手負いの友達になにかしようって程お前らもゲスじゃねェだろ?」
ぽん、とイワンの肩に手を置きにっこりと有無を言わせない笑顔に、イワンはやっぱり兄妹だ、と思った。
*
三人をマンションに送り届け、リツの兄は家の中の説明をし、リビングでガタガタとなにやら音を立て、直ぐに去って行った。
仕事を無理矢理抜け出してきただけらしく、急いでいるようだった。
そういえばリツもリビングで同じことをしていたっけな、と音だけを聞いてイワンは首をかしげた。
「リツ、大丈夫?」
手を引いてゆっくりとソファに座らせればリツはイワンの手のひらにありがとう、と指で書いた。
『ヒーローショー見れた?』
「ううん、リツのこと探してた」
『ごめんね』
「……リツが無事でよかった。 あ……あんまり無事じゃないけど……」
『ぬーいんしなくて済む程度だから大丈夫』
「リツ、スペル違う」
(うわ、恥ずかしい)
やっぱり書くのは苦手だ、と頬を赤らめリツはため息をついた。
『声が出ないのは不便』
「……そうだね」
今頃もうひとりの被害者も困っているだろうな、とリツは気絶させられる前の記憶を引っ張りだす。
まさか声を奪うだけでなく、視力や聴力、触覚などランダムで奪うネクストだとは思いもよらなかった。
「おーい、オレ先寝てるな」
「あ、うん……おやすみ」
『おやすみー』
先に休むというエドワードにリツは口パクと手を振って応えた。
「……」
ぱたん、とドアがしまる音を聞いて、イワンは腰を上げリツの頭を自らの肩に引き寄せた。
本当なら身体ごと抱きしめたかったが、背中に火傷を負っているリツにそんなことは出来なかった。
「ごめん、僕話してばっかりで……」
イワンの沈んだ声にリツは顔をあげようとしたが、更にぎゅ、と力を込められ動けなかった。
「廊下までついていけばすぐに気づけたのにっ」
『気にしないで』
口パクでは伝わらない。
それでもリツは言わずには居られなかった。
頭からイワンの手を外し、リツはイワンの手に文字を書く。
『探してくれて』
「え?」
ぺた、とリツはイワンの顔に触れる。
位置を確認してそのまま口付けた。
「!」
『あ、り、が、と、う』
唇を合わせたまま口を動かした。
「リツっ」
『伝わった?』
指文字で確認すれば、イワンは上ずった声で答えた。
「え、えっ? ああああのっ 」
「!」
くす、と笑い、リツはもう一度手をのばしてイワンの顔に触れ、ゆっくりと顔を近づけ唇を重ねた。
『あ、り、が、と、う』
「!」
リツの目にはイワンの顔は映らない。
けれどもどんな表情をしているのかは簡単に予想がついた。
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