▼ 45 ナイナイ
イワンとエドワードはトイレの前で立ち尽くしていた。
女子トイレには立入禁止のテープが貼られ、警官が入口を塞いでいた。
何かあったのかと尋ねれば女性が事件に巻き込まれたという。
もしかして、とリツの特徴を告げれば「違う」と返ってきた。
けれども、イワンはリツの本当のネクスト能力を知っており、気が気ではなかった。
誰か違う親族の女性に擬態していた状態で被害にあったのではないか。
その可能性に気づいてしまえば心配でたまらなかった。
「他の所探そうぜ」
「うん……」
もしかしたらその女性がリツかもしれない。
言いたくてもリツに口止めされているのでイワンはエドワードにリツのネクスト能力のことは話せない。
力なく返事をしてエドワードのあとについていくしかイワンにはできなかった。
*
「……」
(監視カメラとか無いの!? そろそろ気づいてよー!)
ゆっくりだが歩き続けたかいあって、着実に聞こえる音は大きくなってきた。
リツは寒さにぶるりと身を震わせた。
手が冷たい。少し休憩しよう、と手をこすり合わせコートのポケットに手を入れた。
「っ!」
(あっ!)
なんでこれに気が付かなかったのだ、とリツは脱力した。
リツの兄が忠告とともにポケットに滑り込ませたもの。
ポケットから取り出し、ひもを手に巻き付け、口にくわえて思いっきり息を吹き込んだ。
「…………?」
音が出ない。
ホイッスルからは、かすー、と空気の音だけが漏れた。
(不良品かよぉおおおおおっ!!)
この仕打ちはあんまりだ、とリツは壁をドン、と思いっきり叩いた。
もう一度吹いてみてもぴすぴすと乾いた音しかせず、リツはため息をついた。
(背中も首も痛いし……流石に心折れそうだよ……)
リツはもう少し頑張ろう、と杖代わりの傘を握り直してまた歩き始めようとした時だった。
「?」
カシカシと軽い音が聞こえてきた。
みるみる音は近づいてきて、それとともに荒い息遣いも聞こえてきた。
(あ、なるほど……それならそうと早く言えよーー!!)
やっと助けが来た。
ほっとしてリツはその場に座り込んだ。
*
「おい走んなって!」
「リツっ!」
リツの兄の声が聞こえた後、バン、と扉が開かれリツがずっと求めていた声がした。
「ーー!」
(イワン!)
口を動かしても声は出ない。
「うおっ! 犬!?」
ちゃかちゃかと爪の音がする。
さっきまでリツの足元でおとなしくしていたリツのヒーローは新たに増えた人物にはしゃいでいるようだった。
声からしてエドワードにまとわりついているのだろう。
「リツ大丈夫!?」
(大丈夫だよ)
口をぱくぱくと動かしてイワンの声がした方に応える。
「リツ……?」
リツと視線が合わない。
それどころか顔が向いている方向も少しずれている事にイワンは違和感を覚えた。
(見えない、声でない)
リツは目と喉を指さしてナイナイ、と手を振った。
「見えない、の?」
(うん )
リツはこくりと頷いた。
「リツ大丈夫か?」
エドワードの声にもこくりと頷く。
「大丈夫じゃねーだろバカ」
遅れて部屋に入ってきたリツの兄はため息混じりでバカ、と詰った。
「ネクスト被害で声の喪失、目が見えない原因は不明、あちこち打撲と擦過傷、スタンガンによる火傷で首から背中ヤベーから。 それからこの謎の治りかけの首の切り傷はなんだこりゃ」
「……」
(反論したいけど声でないしなー……)
リツはとりあえず笑ってごまかした。
「っそんなに酷いのリツ……」
(たいしたことないよ!)
イワンの悲痛な声に慌ててフォローを入れようと口パクで伝えるもうまく伝わらないようで。
(困ったなぁ……)
「会社の車回すから病院行くぞ。 お前らも来い。どーせこの時間じゃアカデミー施錠されて入れねェだろ」
はい、とイワンは沈んだ声で応えた。
*
イワンはリツの手を引いて歩く。
本当は背も支えたかったが、痛むというので手だけだ。
手を引けば袖からチラリとリツの手首が見えた。
「!」
赤紫色に変色した結束バンドによる拘束の鬱血と擦れた痕がイワンの目に入る。
イワンは唇を噛んだ。
(僕が企業の人と話ばっかりしてないでリツについていけば……)
せめて廊下で待っていたならば異変は気づけたはずだとずっとそればかり考えていた。
おちこむな、とエドワードはイワンの肩をたたくがイワンは首を振るばかりだった。
車に乗り込めばリツは背をつけられないので体を斜めにして横座りになる。
イワンの手をとり、手のひらに指で文字を書いた。
『大丈夫?』
「……それはこっちのセリフだよ」
助手席に座るエドワードがチラリとイワンたちを見たが、何も言わずに前に向き直る。
『私は大丈夫だよ』
「……」
イワンは何も言わずリツの手をぎゅ、と握った。
「?」
目が見えなければ表情もわからない。
リツは首をかしげ、もう片方の手でイワンの頭をなでた。
腕を上げれば背中が引き攣るように痛んだが、表情を動かせばイワンが心配すると思いなるべく笑みを作ったまま気合いを入れた。
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