▼ 44 助けてイワン
「リツ来てないか!?」
イワンとエドワードの所へリツの兄が飛び込んできた。
同時に市警のSPがヘリペリデスファイナンスのCEOに耳打ちをし、連れて出て行ってしまった。
「リツならトイレに行くって。 まだ帰ってませんけど」
エドワードの応えにリツの兄は舌打ちをした。
「何かあったんすか」
「……そういえばリツ遅いね」
イワンも携帯で時間を確認する。
リツが席を立ってから二十分は経っていた。
「……今日はお前らだけでも先に帰った方がいいかもな」
リツの兄の言葉にイワンとエドワードは顔を見合わせた。
「あの……」
「来てないならいい。もし戻ってきたり連絡来たら知らせて欲しい」
リツの兄はスーツの内ポケットから名刺を出し二人に渡した。
事情を聞こうとイワンは口を開きかけたが、リツの兄は直ぐに踵を返し行ってしまった。
「……エドワード」
「こりゃなんかあったな」
半ば引っ張られるように立ち去ったヘリペリデスファイナンスのCEO、血相を変えてリツを探しに来たリツの兄。
貰った名刺にはヘラクレスジャスティックという社名、代表番号と苗字、金の箔押しで星と桜のみが印刷されているのみのシンプルなものだった。
書き殴ったような携帯番号が書き加えられていて、相当焦っている様子がわかる。
「……僕リツに電話してみる」
イワンはリツに電話をかけてみるが、繋がらない。
コールは鳴る。しかしリツが電話に出ることは無かった。
「探しに行くか?」
「うん……」
明らかにこの状況はおかしい。
イワンはぎゅ、とリツとおそろいのステッカーを貼った携帯を握りしめた。
*
「ーー……」
(いたい……)
気がつくとそこは真っ暗だった。
体のあちこちが痛み顔を顰めた。
特に首と背中は服がこすれるだけでヒリヒリズキズキと痛い。
「ーーっ」
(……声が出ない)
あー、あー、と発声を試みるが空気がかすかすと漏れるだけで声は出なかった。
(まじか……)
兄の言っていたネクスト犯罪者にやられたのだろう。
手首はガムテープではなく何か細く丈夫なもので後ろ手に拘束されていた。
ごろりと転がりゆっくりと起き上がれば何かに頭をぶつけた。
(静かだな……)
遠くでスタジアムの歓声が聞こえるが、うるさいというほどの距離感ではない。
目が慣れていない状況を考えるに気絶してからほとんど時間が経っていないらしい。
「……」
じっと耳を澄まして周囲の状況を窺う。
遠くにスタジアムからの歓声か聞こえる他は、人の歩く足音も話し声もしなかった。
どれくらいそうしていただろうか。
真っ暗で時間の感覚が麻痺してきた。
助けもこなければ犯人が来る様子もない。
おそらく放置されて終了、と云った所だろうかとリツは結論を出した。
トイレで女性を助け、すぐに襲われたことを考えれば、まだ犯人はトイレ内にいたのかもしれない。
リツはすべての個室の確認を怠り、入口に背を向けていたことを後悔した。
逃げようとしたところでリツが電話で助けを呼んだ為、
人が増える前に逃げようとリツを襲ったと考えると辻褄が合う。
(スタッフ用のトイレだし……スタッフジャンパーでも強奪しようとしたのかな)
リツの兄からの情報を照らし合わせれば、きっとスタッフにまぎれてヘリペリデスファイナンスのCEOの近くに行こうとしたのかもしれない。
時間の感覚はよくわからないが、結構な時間リツはじっと床に倒れ悶々と考えていた。
なかなか助けが来ないので、埒が明かないリツは尻を浮かせて少しずつ腕を通してゆく。
手を前に回せば多少楽になった。
拘束しているものを頬にあて確かめれば、結束バンドのようだった。
「……」
(……目が全然慣れないな)
リツは能力を発動させた。
(あれ?)
子供の姿になればするりと結束バンドは抜け落ち手は自由になった。
今度は能力を解いて元の姿に戻る。
(……やっぱり!!)
リツは愕然とした。
(目が見えない!!)
自由になった手で顔を触る。
まぶたに触れれば目はきちんと開いていることがわかる。
ネクスト能力を発動させた時の淡い光で周りを確認しようとしたが、何も見えなかった。
(ウソでしょ……)
声も出ない、目も見えない。
そろそろと周囲に手を伸ばす。
ダンボールのような質感のものに手が触れた。
カバンは見つからない。
(壁伝いにドアを探さないと)
カバンもなければ携帯電話もない。
もしドアを開けて、ここが隣合わせの部屋で、隣の部屋に犯人がいたら。
ホントはこの部屋に電気がついていて、息を殺して犯人がこちらを見ていたら。
(…………)
極度の緊張で手が震えた。
(大丈夫、警察も増員してるし、兄貴にも電話してる……きっと探してくれてる……)
ひとつ、大きく深呼吸をする。
落ち着こうと何度も深呼吸をするのはよろしくない。
(大丈夫、イワンとエドワードも探してるかもしれない)
じくじくと痛む首に手を当てれば、さらに痛みが走った。
(……うわ)
痛みに耐えながらも痛む箇所を指で確認してみればポコポコと蚊に刺されたような膨らみがあり、さらにその周り背中の方までジクジクと痛み、服が当たるだけでも泣きそうなほど痛かった。
最低でも二発はスタンガンでやられたようだった。
(救助しただけで無関係なのに!)
服が擦れないようそっとリツは歩く。十歩程でドアノブのようなものを見つけた。壁伝いにそろりと手を這わせれば、そのそばには柄のついた長いもの、ビニール傘が置いてあった。
ちょうどいいとばかりにリツは傘をとり、顔の前に構えた。
ドアの後ろに身を隠し、ゆっくりとドアノブをひねる。
犯人がいたら、銃をもっていたら。
バクバクと心臓が暴れ、汗で手がしっとりとしめっている。
軋みながらドアは開いた。
じっと動かず、耳を澄ましても誰かの反応するような物音や足音はしない。
(どこだよもー!)
壁に手をつけ、傘で先の地面がどうなっているかを確認しながらゆっくりと歩く。
いきなり階段などで転べば方向の感覚を失いかねない。
(声が出ればなぁ……)
耳が聞こえるだけでも僥倖、と思いつつもやはり何も見えないのは恐ろしかった。
(イワン……気づいてくれてるよね)
自分を見つけて欲しいと思い浮かべるのはやはりイワンの姿だった。
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