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▼ 43 嫌な予感しかしない


リツが席に戻ればイワンはまだヘリペリデスファイナンスのCEOと話していた。
相当気に入られているらしい、とリツは苦笑いをしてエドワードの隣に座った。

「さっきの人知り合いか?」
「兄貴」
「へえ……言っちゃ悪いけどあんま似てないな」
「あれは父親似だから。私はどっちかっていうとママ似だし」

リツはステージに目を向けた。
ステージではコメディアンたちが体を張って盛り上げていた。
あちこちから笑い声が溢れ、拍手が上がる。

「兄貴もヒーローアカデミー出身なんだ」
「ヒーロー目指してたのか?」
「うん。 結局ヒーローにはなれなかったけどね」

リツは携帯を開きニュースを探した。
ヘリペリデスファイナンスのCEOに怨恨のある人物の脱走。
拘留中ということは逮捕されたばかりなのだろう。

カチカチとスクロールしていけば一つの事件が目に入った。

(ヘリペリデスファイナンス本社に爆発物……融資継続を断られ逆上か……ジョルジオエレクトロニクス資本規模縮小も不渡り……四十年の歴史に幕……任意売却)

キーワードを絞り検索を繰り返し遡ってゆけばなんとなくどういう事件なのかが見えて来た。

(アンガス・ライト逮捕、ヘリペリデスファイナンスに脅迫状三百通威力業務妨害、懲役一年、出所後半径1キロメートルの接近禁止命令が出ていたにも関わらず直ぐに爆発物を送り付け銃を持って付け狙い……からの逮捕)

さらに逮捕後に脱走とは随分と気合の入った人物だな、とリツはイワンと話しているヘリペリデスファイナンスのCEOをチラリと見た。

人の良さそうな四十絡みの男性。
しかし逆恨みも良いところだ。融資云々を決めたのはCEOではないだろう。

「気に入られてるよな」
「うん。 いいことだね」

リツが違うことを考えているとも知らずにエドワードは呑気にステージに携帯電話のカメラを向けていた。
「アイツこのままヘリペリに内定したりして」
「喜ばしいことだね。エドワードも頑張ってよ?」
「当たり前。 イワンと二人でヒーローになるんだ」
「応援してる。二人でヒーローTVに映ったとこ見たい」
「おう」

ひときわ大きな歓声がステージから上がった。
コメディアンのステージからうって変わり、ステージにはスーツを来た映画俳優が登壇した。
「ハリソン・イーストウッドだ……」

ハンサムなスマイルにカメラのフラッシュが焚かれ
、ステージの端から続々と女優や俳優が現れた。

(映画の宣伝か)
大きなディスプレイには派手なカーアクションが映し出され、フラッシュが収まると司会者が俳優達へインタビューを始めた。

これが終わればヒーローTVのイベントが始まる予定になっている。

ふと、リツは後ろを振り返った。
いつの間にかスーツを着た厳つい男二人がヘリペリデスファイナンスのCEOの近くに立っていた。
市警から追加で送り込まれたSPかな、とリツはあたりをつける。

「……ちょっとトイレ行ってくるね。 これ持ってて」

目当てのイベントが始まる前に、とリツは席を立った。
首から入場証を外しエドワードに預けて通路へと出た。

「ふう……」

関係者用のエリアは一般の観客はおらずそこそこすいていた。それでもスタッフジャンパーを着た人たちがせわしなく歩き回っている。

人気の少ないトイレに入ると、ドン、ドン、と個室のドアが揺れていた。
怪訝に思いリツは声をかけた。

「大丈夫ですか、具合悪いです?」

声をかければ衝撃はよりいっそう強くなった。

「……」
(嫌な予感しかしない……)
「すみません、開けますよ!」

リツは個室のドアの上に手をかけた。そのまま腕の力で体を持ち上げ、上の空間から中に入ろうとした。
「!」

目に入ったのはガムテープで拘束され泣いて取り乱している女性。

急いで個室の中に降りてドアの鍵を開けた。

「今剥がしますから落ち着いてください」

(猿轡はされていない……)
口は自由な状態にも関わらず、女性は声を発さない。
はくはくと口を動かすのみだ。

ガムテープを裂きながらリツは電話をかけた。

「兄貴! スタッフエリアのトイレで声が出ない女性が拘束されてる! 今すぐ誰かよこして!」


兄に連絡すれば警察もついでに連れてきてくれるだろう、とリツは女性のガムテープを剥がしていく。

「大丈夫、今他にも人が来ますから」

「ーーーっ! ーーーっ!」
「大丈夫、落ち着いてください」

女性はパニックになっているようで暴れリツから遠ざかろうとし、何かを訴えようと唇を動かした。

「大丈夫ですよゆっくり深呼吸しーーーー」
「ーーーーーーーーーーーっ!!」

バチッと大きな音がトイレの中に響き、ゆっくりとリツは女性に覆いかぶさるように倒れた。
女性の目が大きく見開かれ、空気音だけの悲鳴がトイレの中で虚しく響いた。

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