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▼ 42 カウントダウンイベント


大晦日の夕方、スタジアムは既にかなりの熱気に包まれていた。
スタジアムの外からでも分かる盛り上がりに自然と三人の気分も高揚してくる。

「ごめん、ちょっと待ってて、パパからチケット貰ってくるから」
「ひとりで大丈夫か? 」
ついていけよ、という意味を込めてエドワードはイワンの背を叩いた。
「大丈夫、パパにちょっと会うだけだから。 すぐ戻ってくるよ」
スタジアム入口の広場でリツはイワンとエドワードと別れた。


あちこちで風船やらネオンスティックを持った人々がいる。
これから新年を迎えるという浮ついた空気に当てられそうだった。
幸い雪は降っておらず、それでも方々を海や河川に囲まれたシュテルンビルトの冬はよく冷える。
イワンはポケットの中で手を閉じたり開いたりと動かしていた。

「良かったな」
突然切り出したエドワードに、「何が」とイワンは視線で答えた。

エドワードは明確には答えず、笑った。
「リツ戻ってきたら手繋げよ」
「つ、繋いだことはあるよ」
「お、まじで?」
意外な答えにエドワードは目を見開いた。
「うん。付き合う前、だけど……」

(積極的なのか消極的なのかよくわかんねェなコイツ)

ふーん、とエドワードはリツの消えた入口方面を見た。
「悪いな、せっかくのデート邪魔しちまって」
「ぜっ、全然大丈夫。 エドワードがいてくれた方が安心だし……」
「安心?」

あ、とイワンは自分の失言に気づく。
「な、なんでもない……忘れて」
「ハァ?」

じと、とエドワードに睨まれイワンは顔をそらす。
「言ってみろよ。 今のうちに言っちまえ」
う、と言葉につまり、少し考えてからイワンは観念したように口を開いた。

「な、なんかリツと二人きりって、緊張しちゃって……」
「は?」
「付き合う前は……あ……付き合う前も緊張はしたけど、なんか余計に意識しちゃうっていうか、どうしたらいいのか分かんなくて……」

「……」
(あーハイハイごちそうさま)
エドワードは付き合いたて特有の甘酸っぱさにため息を飲み込んだ。

「だから、エドワードがいてくれた方が」
「慣れろ」
「そ、そんな……」
「あ、リツ」
「!」

エドワードの言葉にビク、とイワンの体がはねた。
「リツには言わないでっ」
「言わねーよ。たぶん」
「たぶん!?」
そのうち慣れる。そういうものだとしか言いようがない。
慣れなければその場合はそのまま冷めていき終了という結末が待っているだけである。

スタジアムの方からリツが走ってきた。その姿を眺めながら、エドワードは白い息とともに話す。
「別にいつも通りでいいんじゃねーの」
「……」
「いつも通りのお前をリツは好きになったんだろ。 いつも通りでいろよ」
「……うん」

「っおまたせ! チケット貰ってきたから入ろ!」

するりとリツはイワンの腕を掴まえた。

(へぇ……)
リツがリードしていくなら多少イワンがまごついていてもなんとかなるな、とエドワードは、ふ、と安堵の息をついた。













「!」
(こ、この席って!!)
リツに連れてこられた席の周囲に座る人種を見てイワンは固まった。

パンフレットの見取り図を見ながらたどり着いた席は、明らかに学生達には不似合いで。
リツがエドワードだけに耳打ちをした理由に思い当たりイワンの心の中では嵐が巻き起こっていた。


「黙っててごめんねー、OBCとヒーローTVに出資してる企業席なんだここ」
顔の前で手を合わせゴメン、とリツは笑いながら謝った。

「おや、君はイワンくん」
「は、はい!」
イワンに声をかけたのはヘリペリデスファイナンスのCEOだった。

「なぜ君たちがここに?」
「ご無沙汰してます、ヒーローアカデミーのクリスマスイブパーティではお世話になりました」
すかさずリツが割って入る。

リツの姿を見て金融王は目をしばたかせた。
「ああ、あなたはイワンくんのパートナーの」
「リツ・ニノミヤです。 これは母方の名乗りですが、今日は父に融通してもらいました」

イワンやエドワードに見えないように入場証の裏側を見せた。
「なるほど、そういうことでしたか」

メガネの奥で金融王は目を細めた。
「そちらの彼は? 確かパーティにも出席していましたね」
「エドワード・ケディです」
話を振られエドワードは会釈をした。

「彼もヒーロー志望なんですよ、ね?」
エドワードが挨拶をすれば「ね? 」とさらに後ろから声が掛かった。
タイタンインダストリーのヒーロー事業部の人のようだった。

せっかくのカウントダウンイベントだが、顔を覚えてもらうにはちょうど良い。

どうせ直ぐに偉い人たちはあいさつ回りで居なくなるし、とリツはイワンの隣に座ろうとした。

瞬間。

「おい」
声とともにゴツ、とリツの頭になにか硬いものが当たった。

「……痛い」
「なんでいるんだよ」
リツが振り向けば、スーツにコートを羽織った男が立っていた。
耳にはイヤホンがあり、仕事中だとわかる。

リツはイワンとエドワードをチラリと見てまだ話が終わらないとわかると席を立ち通路へと出た。男もその後に続く。

スタッフの行き交う通路の端で、リツは男に向き直る
「あのさ、友達と来てるんだからやめてくれない?」
「友達?」
「ブロンドのコと赤毛の人いたでしょ」
男は片眉を上げ、そして笑い出した。
「二股は良くないと思「仕事戻りなよ。おじさんにチクるよ」
ニヤ、と笑い男はリツの頭に手を置き、屈んでリツの耳元で囁く。
「社長がリツの様子見てこいって。 気をつけろよ、ヘリペリの頭取に恨みを持つヤツが拘置所から脱走したらしい」
「!」
「対象者の声を封じるネクストだそうだ。これ持っとけ」

男はリツのポケットに何かを滑り込ませた。
「やばそうなら逃げろよ。 混乱を避けるためにもお前の友達にも言うな」
「……帰ろっかな」
「それが一番だな」

最後にぐしゃ、とリツの髪を混ぜ男は離れた。
「仕事に戻るわ」
「はーい」

リツはポケットの中に手を入れ転がしてものの正体を確認した。

(嫌な予感しかしない……)





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