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「それで?」
それで、とバーナビーはコーヒーのカップを傾けた。
「それだけ、です」
「……もう僕ら付き合っていることにしませんか」
休日、バーナビーに予定を尋ねられ特に無いと答えれば会いましょう、と簡潔に誘われた。
リツも家の中で悶々としているよりは外に出て気分転換でもしようとその誘いに乗りカフェに入った。
変装していてもなぜかバーナビーだと気づける程度にはバーナビーの姿を見慣れてしまったようだった。
そして根掘り葉掘りあれからキースとの関係はどうなっているのだ、と尋問されている。
「付き合っているふりをしたとして、上手くいくと思います?」
「やってみなくては分かりません。
ですが、何もしないより何か行動すべきですよ。 このままスカイハイさんに引きずられていてはお互いに傷が深くなるだけですよ」
キースの気持ちに応えられない事を的確に示す手段。
恋人同士のフリ。
「でも、バーナビーに多大な迷惑がかかりますよね」
「大したことありませんよ、それに、僕恋人いたことないんですよ」
「えっ?」
しれっと重大な発言をしたバーナビーにリツは目を見開いた。
「意外ですか?」
「ええ……はい。 その、バーナビーはかっこいいし、人気だし、女性が放って置かないだろうし選り取りみどりだと……」
「……僕の事そんなふうに見ていたんですか」
不服そうにバーナビーの目が細められ、慌ててリツはフォローを入れる。
「あのっ、遊んでいそうとかそういう意味じゃないんですよ、その、なんというか、えーと……すみません」
なんとかフォローしようとあたふたするリツを見てくすりとバーナビーは笑った。
「つまり、恋人のいた事のない僕があなたとお付き合いをしていると言ったら、遊びではなく本気だと思ってもらえそうだと思いませんか」
「!」
「ね? 」
ね、と微笑むバーナビーにドキリとした。
整っている顔で微笑まれるとなかなかに心臓に悪いらしかった。
「そうだ、デートしましょう」
「デート、ですか」
「そう。 まずはお試しなんていかがですか。 恋人とか、何も気負わずにただ楽しむんです」
どこがいいかな、とバーナビーは楽しそうに顎に手を当て考えている。
「そして、楽しかったならまた次も楽しむために会う。 その次も、またその次も。 何度も会って楽しめたら偽の恋人関係だって楽しいですよ」
そうして恋人とさほど変わらない関係に持ち込むことが出来れば、キースからリツを奪うことが可能なのではないか。 バーナビーはそんな計画などおくびにも出さずニコリと笑う。
リツに考える暇を与えず、バーナビーは立ち上がりリツの手をとった。
「あ、あの、流石に手は」
「大丈夫、変装もしているしパパラッチがいたらつかまえてデータを消去させますから」
でも、と言い淀むリツだが、バーナビーは更に続ける。
「そんなに僕は頼りない?」
「!」
(そういう問題じゃないのに!)
しかし何も答えられずにいるとバーナビーは満足そうに微笑んだ。
「僕、行ってみたいところがあったんです。 付き合ってください」
*
「ここ、ですか?」
「ええ。ワタアメというものを食べてみたくて。虎徹さんからオリエンタルのマツリヤタイなどでは定番のお菓子だと聞きました」
パステルカラーの外観と、ファンシーな内装のお店。
人の顔三つ分はあるような大きさの色つきのコットンキャンディーを作るこの店はオープン前からかなり話題になっていた。
今も店の外まで行列が出来ている。
「流石に虎徹さんと二人で並びたくはないので」
ね、とバーナビーはウインクをした。
ハンサムは何をやっても様になるな、とリツはとりあえず笑みを返しておいた。
「ば、バレないですか?」
「大丈夫。 ああでもそのまま名前で呼ばれたら困りますね」
「じゃあなんて呼べば……」
バーナビーは少し考え、愛称を口にした。
「バーニィ」
「ば、バーニィ?」
「ええ。 僕の名前の愛称は本来こちらですから。 虎徹さんが変に呼ぶからそちらが定着してしまいましたけど」
あんまり変わらないような気もするが、本人がそう希望するのなら、プライベートではそう呼ぼうかなとリツは口の中で小さくバーニィ、と繰り返した。
「リツ、どれがいい? 色で味が変わるみたいだけど」
「え? んー……ラムネ味食べてみたいかも」
「じゃあそれを入れてもらいましょう」
メニューを見てバーナビーは他に何の味を合わせるか考えている。
その顔を見上げながらリツは首をかしげた。
(なんだか……ちょくちょく素がでてる?)
たまに敬語丁寧語が取れる時がある。
(なんか新鮮)
バディである虎徹にも、ほかのヒーローにも敬語を使っているバーナビーの素の口調。
ちょっとした特別感に、ふふ、とリツは顔をほころばせた。
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