▼ 40 今更だけど二人きりは照れるから
「え? カウントダウンイベント?」
「そう! スタジアムでやるんだって。
ヒーロー勢ぞろい! もちろんスカイハイもっ
明日予定無いなら行こうよ」
朝食のゆで卵の殻を剥く手が止まる。
帰省でだいぶ人の少なくなった寮の食堂にはリツたち以外は十人もいなかった。
「でも……スタジアムのイベントだとチケット必要なんじゃ」
「そうだな、1日で完売ってテレビでやってたぞ」
否定的なイワンとエドワードにリツはにやりと笑った。
「パパがチケットくれるって」
リツは携帯のメール画面を見せた。
それを覗き込みエドワードは「おお」と声を漏らした。
OBC感謝祭に引き続き、『パパありがとう』『パパすごい』を引き出す為またもやリツの父親は『スカイハイのファン友達』を利用しようとしていた。
最近まで離れて暮らしており、近くに来たと思ってもアカデミー入学でまた離れ離れ。
離れていた時間をプレゼントや何やらで埋めようとするのはどこの親も同じなのかもしれない。
「三人まで大丈夫らしいから、ちょうどじゃん?
予定あるなら無理にとは言えないけど」
「僕は行くっ」
イワンは目を輝かせ即答した。
「せっかくのデートなんだし二人で行ってこいよ」
「ええ……? そんな事言っていいのかなぁ〜」
遠慮するエドワードにリツは身を乗り出して耳打ちした。
「!」
「ね? 行った方が絶対いいでしょ」
「おう……まじか」
リツが何を耳打ちしたのか聞こえなかったイワンは首をかしげる。
「じゃあ決まりっ!
カウントダウンだから外泊届け出してきてね!」
*
リツは寮の自室でポチポチとメールを打つ。
父親へのチケット融通に対する感謝のメールを打っていた。
本当は家にイワンを連れ込んで、ニューイヤーの花火を見る予定だったが、
こちらの方が喜びそうだと思い変更した。
それにエドワードも彼女がいないのならちょうどいい、と思った。
二人きりだとなんとなく緊張してしまうのだ。
イワンが友人で片思いをしている時は緊張なんてすることは無かった。
しかし、いざ恋人となってみればなんとなく照れくさいやらで二人きりという状況を避けてしまう。
日課になっている朝のトレーニングもなんとなく照れが交じる。
いずれ慣れるだろうとは思いつつどうしたらよいのかとリツは考えていた。
いつまでもエドワードを間に挟む訳にもいかない。
(ハンナは……付き合いたての時どうだったんだろ)
助言してくれそうな恋愛の先輩は今は帰省中だ。
(うーん、ハンナが戻ってきたらなんて言おうかな)
恋バナ大好きなハンナは食いつくだろうか。
それとも伏せておくべきか。
(……黙っててバレた時の方が怖いかな)
携帯を握りしめウンウンと悩む。
「!」
携帯が震えた。
「なんだパパか」
メールを開けば、明日チケットを取りに楽屋に来るようにと書いてあった。
「……関係者用の入場証を取りに……一度家に……」
(イワン暇かな……)
これから家に入場証を取りに行かなくてはならない。
イワンを誘おうかと思い立ち、メールしてみようかと携帯を操作するが途中でやめてクリアボタンを連打した。
(なんか……照れるんだよなぁ)
今日はきっと家に母親がいる。
イワンは緊張してしまうかもしれない。
(うん、ひとりで帰ろ)
リツはかけていたコートを取り、携帯と財布だけを持って部屋を出た。
*
「……」
モノレールに乗ったことを後悔したくなるほど混んでいた。
年の瀬は仕事納めで何時もなら会社の内側にいる人々が会社の外側に出て来ている。
休日を楽しむ人や買出しでたくさんの荷物を持つ人々でひどく混んでいた。
ぎゅうぎゅうとあちこちから押され、リツはOBC感謝祭の帰りを思い出した。
(イワンが支えてくれたんだっけ)
細い体躯に見えるが、少しずつ筋肉がついてきていて、男の子から男の人へと変化してゆく真っ最中の身体。
(男はいいよなぁ……)
そのうち純然たる体格差が出来たら授業の手合わせでも勝てなくなるに違いない。
(今でもエドワードには既に負けそうだしな)
イワンとリツよりも年上のエドワードはその分身長が高く肩の周りなど服の上からでもわかる程度にはガッチリしてきている。
(イワンも……あんなふうに……?)
筋肉量の増えたイワンの姿を上半身裸で想像してしまい、リツの頬に赤みが増えた。
(何考えてるんだ私…… )
イワンが一緒でなくて本当に良かった、とリツはため息をついた。
*
「エドワード、さっきリツなんて言ってたの」
寮の部屋でイワンとエドワードは宿題を広げていた。
けれどイワンはイマイチ集中出来ないようで。
「気になるか?」
「気になるよ……リツ僕には教えてくれないんだもん」
カウントダウンイベントの誘いを断った時にリツがエドワードに耳打ちをした内容。
「行けばわかる」
「エドワードも教えてくれないんだ……」
「そんな目で見んなって……」
けれどエドワードにはリツから口止めされていた。
『ヒーローとOBCヒーローTVの出資企業とかの関係者席なんだよねぇ。
緊張しちゃうだろうからイワンには秘密ね』
「まああれだ、姿勢正しとけよ」
「え、え、どういうことっ?」
「行けばわかる」
「ま、まさかリツのお父さんが隣にいたりとか……」
それはないだろ、と否定しようとしてエドワードは口を噤んだ。
関係者席を直前で用意できる父親、そしてゴールド住まいのリツの父親。
ヒーローのスポンサーでヒーローを間近で見ている父親が、ヒーローを目指す男はやめておけ、とリツに助言したのかもしれない。
そう考えイワンの心配もあながち外れていないのかもしれないな、とエドワードはイワンに同情した。
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