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▼ 39 ぺろり

寮の夕食の時間が終わった頃リツは帰寮した。

寮の共同のシャワーを浴びながら、明日イワンに謝らなくては、と今日一日ずっと考えていたことをまた頭の中で繰り返す。

髪も乾かさず部屋に戻ろうとするとニコラに呼び止められた。

「リツ、ご飯の時にケディ君がね、コレ渡してって頼まれたんだけど」

コレ、とニコラは紙袋を差し出した。
「うん? ありがとうニコラ」

リツは受け取ると中身を確認せずに部屋へと戻った。
静かにドアを閉め鍵をかける。

「あは、何のつもり?」

紙袋の中身はイワンに貸したはずのポータブルDVDプレイヤー。
そっと取り出すとそれを持ったままリツはベッドに腰掛けた。

「ごめんねイワン。 今日一日頭冷やしてた。あんな八つ当たりして……ごめん。
ねぇ、戻ってくれる?」

ポータブルDVDプレイヤーが仄青く光り、形が変わる。

「うわっ」
手に持ったまま擬態を解いたのでその重さを支えきれずリツはベッドの上に倒れた。

「あっ ごめんリツっ」

リツを潰してしまったイワンはすぐに退こうとするが、リツはそのまま両腕でイワンを捕まえた。

「っ!?」
「ごめんねイワン」

ぎゅ、とリツはイワンの胸に額をくっつけた。

「私はイワンのこと好き。ちゅーするならイワンじゃなきゃヤダ。
もうイワンと同じ姿だからって騙されないし、騙そうとしてくるやつはすぐに一撃入れる」
「い、一撃……?」
感動的な言葉にちらっと物騒な言葉が混ざった。

「キスもされてない。 信じてくれる?」
「うん」
リツの手がゆるみ、イワンは起き上がろうとしたが、手を引かれリツの横に倒れた。

至近距離で視線が合う。

「イライラしてごめんね。私のこと嫌になった?」
「な、なるわけないっ」
(嫌いになるわけないよ! )

イワンはリツの肩を掴んだ。
「僕のほうこそごめん。 リツが……その、告白されたり、パーティでダンス誘われてたりで……
不安で……僕なんかよりカッコイイ人ばっかりだし……
僕がこんなだから……でもっ」

イワンは一つ深呼吸をした。
エドワードに言われてからずっとリツに言おうと、それでも昨日言えなかったことを意を決して口にする。

「僕、リツがヒーローTV安心して見ていられるくらいのヒーローになるから!
怪我なんかしないし、リツのこと不安にさせないそんなヒーローになるからっ」

「イワン……」

そんなヒーローになって欲しい。
いや、時間がかかってもイワンならきっと素敵なヒーローになるだろう。
リツはきちんとイワンが言葉にしてくれた事に嬉しくなった。

「ヒーローになれるか分かんないのに……こんな事言うのは変かもしれないけど……
だから、だから別れるなんて言わないでっ」

(……ん?)
「え、エドワードがっ 電話でリツがっ わ、別れるつもりになってるって聞いてっ」

「ちょ、ちょっと、え?」
「僕は別れたくない!」

(エ……エドワードめ!!)
イワンが別れたいというなら、というニュアンスで話はしたが、別れ話をするとは言っていない。

知らないところで勝手に話を大きくしていたエドワードにリツは呆れた。

「い、嫌だからね!」

あまりにも真剣な顔をして言うものだから、だんだんリツは可笑しくなってきた。

「あは、私も別れたくないよ」

笑ってリツはイワンの頭に手を回した。

「!」

そのまま引き寄せて唇を重ねた。

(っリツ!?)

ふに、と下唇を食み、最後に舌先でぺろりとイワンの唇を舐めてゆっくりと離れた。

「っ 」
「あは、イワン真っ赤ー」

イワンはハッと口を押さえた。

リツも頬が赤くなっているが、楽しいようで笑いながらイワンが口を押さえる手をどけようと手を伸ばした。

「あれ? ダメなの?」

手をどけようとしないイワンに、仕方ないなとリツは手の上からキスをした。

「お休みの日だし、キスしてもいいんじゃないかなって思うんだけど、どう?」











点呼の時間が迫り、今回もイワンは擬態してリツによって女子寮の外へと運ばれた。

また明日、と手を振り別れ、イワンはふらふらと覚束無い足取りで部屋に戻った。

「おかえりー」

本を読んでいたエドワードが顔を上げると真っ赤になったイワンの顔を見てニヤ、と笑った。

「良かったな?」
「う、うん……」

パタリとイワンはベッドに倒れ込んだ。
(聞いても大丈夫か……?)

あまりにも静かなルームメイトにエドワードはほんの少し心配になる。

青ざめて帰ってきた訳では無いのできっとうまく収まったのだろう。

今はそっとしておくか、とエドワードは本に視線を戻した。


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