▼ 38 頭を冷やそうと
「リツなら朝イチで帰ったよ」
「まじか」
エドワードは朝食の席に姿を見せないリツを探すため、リツと親しい友人に声をかけた。
「外泊じゃないみたいだから帰ってくると思うけど、なんか用事あるなら連絡してあげようか?」
「いや、大丈夫だ」
出来ることならイワンとリツには上手くいって欲しいとエドワードは思っていた。
異様に自己評価の低いネガティブなイワン。
そのイワンがリツと関わるようになってほんの少しだが表情が変わってきたのだ。
下ばかり見ていたイワンが無意識にリツの姿を探して視線をさ迷わせるようになり、見つけた時のかすかな頬の変化、
話している時の声のトーン、表情は明らかにリツのことを好きだと物語っていた。
消極的なイワンをグイグイと引っ張っていくリツとは相性が良いようにエドワードの目には映っていた。
(……ホント多難な奴らだな)
今回の喧嘩もなんとか二人の間を取り持てないかとエドワードは考えている。
リツと同室で仲の良いハンナがいれば協力を願いたいところだが、残念ながら冬季休暇中は家に帰っているので頼れない。
(徹底的に避けるつもりかよ……)
エドワードは携帯電話を開きリツの番号を表示させる。
(オレまで着拒されてたりしてな)
昨日のイワンの絶望的な顔を思い出しながらエドワードは発信ボタンを押した。
*
実家の自室のベッドにごろりと転がり、ぼーっと宙を見つめていると、携帯電話から呼出音が鳴った。
「はいもしもーし」
エドワードからの着信。なんとなく話は予想できる。
やる気なくリツはエドワードからの電話に応えた。
『お? 着拒されてるかと思ったわ』
「私がエドワードを着信拒否するような心当たりでもあるの?」
『いやー、はは……リツ今どこにいる?』
「実家」
『ちょっとさ、出てこれねェ? 話あるんだけど』
「……」
話とは十中八九イワンの事だろう。
「のーせんきゅう。今私冷静じゃないからまともに話せない」
リツは一晩たってもまだ怒りが消えていなかった。
「ちょっとほっといて。 頭冷やしたらイワンにも謝るからさ。
大人げなかったって自分でもわかってるんだよ」
ごろ、と寝返りを打つ。
「わかってる。どこまでイワンに聞いたのかは知らないけど、私がイワンに期待しすぎたんだよね」
『期待?』
「ん。 ほかの男に絡まれてる時くらい助けてくれてもいーじゃん、って。
そりゃー強盗だって殴るような粗雑な女ですけどー。」
そうだ、期待しすぎた自分が悪い。そうリツは自分に言い聞かせる。
「イワンがそういう場面に突っ込んでいける性格してないって事くらい知ってたのにさ」
それに、とリツは無表情で続ける。
「普通さぁ、好きでもない男にキスされて嫌じゃない女なんていると思う? わざわざそれ本人に訊く?
そもそも『キスしてない』って言っても信じないくせにさ、もーーーーああ、ごめんなんかまたイライラしてきた」
『お、おう……』
(確かにイワンじゃないって気付くの遅れたけど! だけど!!)
「ごめんなんか余計な事言った」
『別に構わねェよ』
「とにかく、頭冷えたらイワンには謝る。 その時にもうこんな女イヤダーって言われたら仕方ないかなとも思ってる」
『は?』
「だってエドワードは嫌じゃない? こんなめんどくさい女」
『ちょっと話がぶっ飛んでてよくわかんねェ』
「短い交際期間デシタ」
『いやいやいや』
別れ話など切り出された日にはきっとイワンの魂は抜けてしまうのではないかとエドワードは思った。
「じゃ、そゆことで」
リツは一方的に電話を切った。
「……ホント私なにしてんだろ」
好きなのに、悲しい。
両想いになったのに、前よりも遠くなった。
「付き合う前の方が楽しかった、なーんて……」
付き合う前も好きで好きで、自分の気持ちにブレーキをかけようと苦しかった。
自分でもこんなすね方が子供っぽいと分かっている。
大人に言わせればまだまだリツは子供と言える年だが、それでもそれなりに分別はついているつもりだった。
ふぅ、とため息をついて、リツはベッドの上で目を閉じた。
好きという気持ちにブレーキをかけなくても良くなったはずなのに、ずきりと痛みが走るのはなぜだろうかとリツは胸元を掻いた。
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