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▼ 37 したとか、してないとか。

寮の部屋に戻ると、無言でリツは消火器をどん、と床に置いた。
どかりとベッドに腰を下ろし、足と腕を組む。

「見てたんなら助けてくれても良かったんじゃないの」

地を這うような低い声。

「付いてきたくせに見て見ぬ振り?」

リツは怒っていた。

「騙せてると思ってんの? 早く戻りなよ」

「…………」

十秒ほどの沈黙ののち、消火器は青く発光して正座をするイワンの姿になった。

「な、なんでわかったの……」
リツはため息をついた。

「イワンのこと分かんない訳ないでしょ。 馬鹿なの?」
「……え」

「どんな擬態しててもわかるよ。」
(その逆は……油断してたけど)
リツは今にも泣き出しそうになっているイワンの頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。

「好きな人のこと気づかないわけないじゃん」
「……でもさっき先輩に騙されかけてた」
「だってイワンの姿してたんだもん。イワンだと思うじゃん」
「僕じゃないって気づいてよ……」

「へぇ、私のこと試したんだ」

す、とリツの目が細められた。

「……まあ、言い訳するなら、直前にイワンから電話もあったし、私に用があったのかなって思って」
それさえなければ直ぐに気づいた。
その一言は無意味な気がしてリツは口を噤んだ。

『二十分間同性に擬態できるネクスト』

同じく擬態系ネクストとして、リツは能力を悪用したノーマンが許せなかった。













イワンはエドワードに背中を押され、リツと話すため、部屋から出てきてもらおうと電話をかけながら談話室に入った。

が、そこで男の隣に座るリツの姿を見てしまったのだ。
反射的にイワンは終了ボタンを押した。

(リツ……?)

男とリツの距離はとても近い。
男はリツの肩に手を回そうとしたり手を触ろうとスキンシップを図ろうとしていた。
リツもリツで明確に拒絶をしていないようにイワンには見えた。

『ただでさえ日系好き多いんだから気をつけろよ。

お前さぁ、もうちょいしっかりしねェと、横からかっ攫われるんじゃねーの』

エドワードの言葉が頭の中で響く。

こみ上げてくる吐き気に思わずイワンは口を抑えた。

(僕なんかよりかっこいい先輩の方がリツはいいのかな)

席を立ったリツの後を追うノーマンの姿を見て、不安と嫉妬で胸の内がぐちゃぐちゃになったイワンはこっそりあとをつけた。

擬態のネクストが自分以外にもいたことに驚きつつも、血縁者という制約はあれどそういえばリツも擬態のネクストだった、と思い出す。

手直なものに擬態してそっと覗き見て、
そして見てしまったのが、キスをされそうになっているリツと、迫る自分の姿だった。












「リツ……」
「何?」

聞いても良いものか。
聞くべきではないかもしれない。けれど聞かずにいてずっと気にするよりは、と意を決してイワンは口を開いた。

「さっき……き、キス、しちゃった……?」

「…………あー、イワンが助けてくれてたらなー」
リツはあてつけのように顔をそらした。
「ご、ごめん! じゃ、じゃあやっぱり……しちゃったの……?」
「は? それ自分の彼女に訊く? ほかの男にチューされましたーなんて申告して欲しいの?」
リツの言葉が刺々しくなる。
イワンのいた位置からは顔が重なるところまでしか見えず、どうなったのかまではわからなかった。

「……」
(そんな……)
イワンの顔が絶望に染まりかけたその時。
「されてない」
イワンは反射的に顔を上げた。
「どっち!?」

リツは足を組み替えため息をついた。
「イワンはさ、どっちなら信じるの?」

「……え?」

「イワンの性格からしてさ、『してない』って言ってもホントかどうか疑ってうだうだ悩むでしょ。
『された』って言ったらそれこそどこまでも落ちていくじゃん。
どっちも結果同じだと思うけど」

イワンは言葉に詰まった。
(確かに……そうかもしれないけど……)

「リツは、嫌じゃなかったの?」

「……それ、本気で聞いてる? 」
リツの目が細められた。

先程より下がった体感温度に、イワンは己の失言に気付いた。

「あは。 イワン、もっかい消火器に戻りなよ。 女子寮の外まで持っていってあげるから。」












「いや、お前それはねーわ」
「もう僕切腹ものだよね。エドワード介錯お願い……」

リツの部屋にいた時は冷静ではなかった。
そう自覚できる程度にはイワンの思考能力はやっと回復してきた。

リツに部屋を追い出され、イワンは呆然と自分の部屋に戻り、事の次第をエドワードに報告すれば、
エドワードは絶句。
やっと絞り出した言葉は「それはねーわ」

「まず、割って入るべきだったな」
「うん」
「その後のお前の無神経な発言。オレが女なら泣く。リツはキレたけど」
「うん……」
「せめてフォローするとか」
「そうだよね……」
「今すぐ電話で謝ったほうがよくねェか」
「……メールしてみる」
「いや電話にしろって」
「……うん」

イワンはのろのろと携帯を開く。履歴から発信すれば、

「…………」
呼び出し音が鳴ることなくぷつりと切れた。

イワンは涙目でエドワードを見る。
エドワードのこめかみに冷や汗が浮かんだ。

「まさかの?」
「リツにっ 着信拒否されてるっ!!」

世界の終わりだと言わんばかりにイワンは頭を抱えベッドに臥せた。

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