▼ 36 ぷちん
「?」
夕食後、シャワーを浴びてダラダラ悶々とイワンのことを考えてはため息をつくリツ部屋のドアがノックされた。
「はーい……ニコラ?」
ドアを開ければ同じクラスの女子、ニコラが立っていた。
「リツ……あのね、談話室に来てって伝えて欲しいって……」
リツはニコラの表情から何の用事なのか読み取った。
「相手は誰かわかる?」
「二年のノーマンって人なんだけど……」
「……まじ?」
「いつもハンナが『自分で話しかけて』ってあしらってるんだけど……先輩だし逆らえなくて……」
ハンナはリツやニコラよりも年上なので、先輩だろうが容赦なく断る。なぜ断っているかといえば、
「あの先輩、日系のコばっかり狙ってるし……」
「……だよね、噂はかねがね……なんなんだろうねホント」
日系女に幻想抱いている系男子。
日系女はとりあえず片っ端から口説くチャラ男。
「どうしようリツ……」
無視することも可能だが、それではニコラの立場が悪くなる。
ニコラはハンナほど強い質ではないのだ。
「とりあえず行くよ」
「大丈夫なの?」
クリスマスの夜をわざわざ選ぶ日系好きのチャラ男。
「まあ……うん、大丈夫だと思う。ノーマンって先輩がなんのネクストか知ってる?」
「たしかーーーー」
*
リツが談話室に行けば、先輩達がパーティのように盛り上がっていた。
「リツちゃん」
「!」
リツの姿を確認すると1人の男が寄ってきた。
「わざわざ来てもらってごめんね」
「……いえ」
この人物がリツを呼び出したノーマンという人物なのだろう。
明るい茶の髪にグリーンの目、高い身長といかにもモテそうな優男風の顔。
「こっちに座りなよ」
ノーマンはリツの背に手を当てエスコートする。
「あの、用事はなんですか?」
単刀直入に切り出したリツにノーマンは微笑んだ。
「君と仲良くなりたくて」
「そうでしたか」
「敬語はやめてよ。楽しくフランクに、ね?」
ぱちん、とウインクが飛んできた。
(……うわぁ)
「すみません、特に用がないならもう眠いので戻りたいんですけど」
「まだ九時じゃないか、少しおしゃべりしようよ。 そうだ、アドレスも教えて」
「私、英語で書くの苦手なのでメールはちょっと」
「じゃあ番号交換しよう」
「通話は同室の子の迷惑になるので」
「リツちゃんの同室の子今帰ってるよね 」
ニコニコと、少しずつリツの事を追い詰めていくノーマンにリツはイライラし始めた。
「あの、私男性と話すのに慣れていなくて」
「じゃあ僕で慣れてよ」
「先輩となんて恐れ多いです」
「気にしないで、年なんて関係ないよ。ああ、ニホンの美徳なんだっけ?」
ソファの隣に座るノーマンが寄ってくるのでリツは10センチほど横にずれた。
(ちかい!)
沈みきったイワンのことが気になる現在、この男の相手をしていられるほどの精神的余裕などリツには無かった。
「リツちゃんってニホンにいたんでしょ? 僕もワの文化が好きでね、いつか旅行に行きたいなぁって思ってるんだけど」
「そうなんですか」
リツのポケットの中で携帯電話が震えた。
「!」
「電話?」
(イワンだ!)
「ちょっと失礼しま……?」
すぐに切れてしまった。
席を外しかけ直すも、出ない。
「間違ったのかな……?」
リツは首をかしげつつも談話室に戻ろうと振り替えった。
「あ! イワン! 電話どうしたの?」
後ろにイワンが、立っていた。
「ちょっとリツと話したくて。 二人きりになれるところ行こう」
「……うん?」
イワンはリツの手を取ると非常階段の方へと歩き出した。
「あ、エドワードに頼んだんだけど受け取ってくれた?」
「うん、ありがとう」
「お腹空いてない? 具合悪かったの?」
「大丈夫。 なんともないよ」
にこ、とイワンが笑った。
「!」
(かっ!かわいい!! )
男に対しかわいいという表現はどうかと思ったが、ほとんど笑わないイワンの笑顔に思わずリツの心臓が高鳴った。
ひと気のないところまで来るとイワンは立ち止まった。
「どうしたの? こんなところに来て」
「あのね、僕リツのことが好きなんだ」
「…………知ってるけど」
「え? いや、だからリツと恋人同士になれたらなって」
「……うん?」
リツは首をかしげた。
(どういうこと?)
「リツ? 僕じゃだめ?」
「!」
おかしいな、とイワンから視線を外した時、視界の端、談話室の方の廊下の角に並べておいてある消火器が映り込んだ。
(……まさか)
見れば見るほどそれは。
(ああ……助けてくれないかな)
イワンはリツに手を伸ばし抱きしめた。
「!」
「ねえ、ダメかな」
ダメかな、と尋ねつつもゆっくりと顔が、唇が近づいてゆく。
(コイツ!!)
「ねえ先輩、私、浮気はしない主義なんで!」
唇が触れそうになった瞬間、リツは思いっきりイワンの姿をしたノーマンを突き飛ばした。
「うわっ」
壁に背中を打ったノーマンの能力が解けた。
「これが先輩の手口ですか。 ネクスト能力悪用して女騙して楽しいですか?」
ただでさえ今日一日イワン関係で悩み喜びまた、悩んで苦労している。
その締めくくりとばかりにネクスト能力悪用による色仕掛けにリツの堪忍袋は限界を迎えようとしていた。
「そうやって何人も女の子弄んできたんですか? 酷いですね。本当にひどい」
(一瞬でも偽物にときめいたなんて! 死ねる!)
「私と仲良くなりたいんでしたよね、センパイ。
休み明けのテロリスト対策の授業楽しみにしていてくださいね」
能力が解けて元の姿に戻ったノーマンにそう言い放つとリツはノーマンを残して踵を返した。
そして。
「ちょっと来てもらおうか」
曲がり角に置かれていた二本の消火器のうち一本を掴むとそのまま寮の部屋に戻っていった。
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