▼ 35 フラレたばっかなんだっつーの!
「よ、イワン。 メシ食わねーの?」
いつもならば夕食の後は談話室で友人と盛り上がっていてなかなか部屋に戻らないエドワードだが、
今日ばかりはイワンとリツの為すぐに部屋に引き上げてきた。
イワンは帰ってきたままブルゾンも脱がずそのままベッドに倒れ込んでいた。
「……いらない」
「ケーキもあったぞ」
「……食欲ないからいい」
どう切り出そうか、とエドワードは考える。
「リツからこれ預かってきた」
ぽす、とイワンの顔の横にポータブルDVDを置いた。
「リツと何かあったのか?」
「……リツから何か聞いた?」
「お前らが付き合い始めたって聞いた」
「……」
沈黙。
「違うのか?」
「違くない」
「付き合い始めなんてサイコーに楽しい時に何落ち込んでんだよ」
「…………」
「オレに言えねーことならひとりで考えてねーでリツに相談してこいよ」
「…………」
(だんまり決め込みやがってコイツ……)
「そうやって明日もリツのこと避けるつもりか? あっという間にお前ら終わるぞ」
「!」
「前にも言ったけどよ、リツいろんなやつからイブのパーティ誘われてた。
パーティ中もイワンがヘリペリデスの人と話してる間、
リツひとりになった時いろんな奴からダンス誘われてたの知ってるか?」
「……え?」
やっぱり気づいてなかったか、とエドワードはため息をついた。
「試験期間中告白現場に遭遇したんだろ?
リツと同室のハンナはリツに渡してくれって手紙やらアドレスやらしょっちゅう頼まれてる」
(……し、知らなかった)
「ただでさえ日系好き多いんだから気をつけろよ。
お前さぁ、もうちょいしっかりしねェと、横からかっ攫われるんじゃねーの」
もともと悪かったイワンの顔色が余計に悪化した。
「……エドワード」
「ん?」
もそりとイワンは体を起こした。
「エドワードはさ、ヒーローになって、その次はどうするの」
「次?」
イワンの言わんとすることがいまいち解らずエドワードは首を傾げた。
「ヒーローになれたら……そりゃバンバン犯人捕まえて活躍してキングオブヒーロー目指すかな」
「その次は?」
「何が言いたいんだ?」
イワンはどう言うべきか解らずまた黙り込む。
これは長くなりそうだな、とエドワードはベッドに転がった。
「エドワードはさ、彼女がいてさ、」
「別れたけどな」
「えっ」
「終了」
「え……」
え、とイワンの動きが止まった。
まずいことを言ってしまった、とイワンは更に背が丸まる。
「振られたばっかなんだっつーの!
そんな傷心のオレが相談乗ってやるんだから感謝しろよ」
「あ……なんかごめん……」
「で? 彼女が何だって?」
「や、やっぱりいいよ……」
「言えって」
「…………」
両手の指先を合わせ、たっぷり迷った後イワンは口を開いた。
「……リツがさ、ヒーロー目指す人は恋愛対象外って言ってたの知ってる?」
「聞いたことはある。 ん? イワンヒーロー諦めたのか?」
「ううん。 僕がヒーロー目指さないならお断りって言われた」
またエドワードは首をかしげた。言っていることが矛盾している。
「だからその……休みの日だけ付き合ってることになって……学校ある日は友達、って事になったんだけど」
なんとかイワンが押し切った条件だ。
でなければ卒業までずっと友人関係のままになる所だった。
「リツがヒーロー目指す人がダメな理由がさ、その、ヒーローって危険な仕事だから、画面の向こうで待つのが怖いんだって」
「怖い?」
「……うん」
銀行でリツが人質に取られて、リツが強盗相手に立ち回ったその一連の映像がイワンの中で蘇る。
「言われた時はどういう意味なのかよくわかんなかったんだけど……帰りに銀行強盗に巻き込まれて、リツが人質にされて理解しちゃって……」
イワンは震えだした手をぎゅ、と握った。
「もしリツがヒーローで、災害現場とか、銃を持った犯罪者とかを相手にしたりして……
僕がそれをテレビで見てる立場だったらって考えたら怖くて……
大怪我をするんじゃないか……最悪、し、死んじゃったり、とか」
エドワードはじっとイワンのことを見ていた。
(リツが怖がる、か)
普段のリツからは想像がつかなかった。
自分より体格の大きいクラスメイトを対人格闘の授業で殴りかかったり投げ飛ばしたり、
防衛側でも相手が複数人だったとしても毅然と立ち向かう。
そんなリツの姿しかエドワードは知らなかった。
「……だから、ホントは付き合うのも覚悟決めるから卒業まで待って欲しいって言われたんだ」
「へえ。 それでイワンがわがまま言ったわけだ」
「だ、だって! リツも、その……僕のことす、好きって言ってくれたのに……卒業までなんて」
ふうん、とエドワードはあごをさすった。
「まあ、それが良かったんじゃねーの? 卒業まで待ってたらそれこそほかの奴に取られかねないわけだし?」
でも、とイワンは言い淀む。
「……す、好きな人が危険なことするのがこんなに怖いなんて僕知らなくて……リツも待って欲しいって言ったのに押し切って……
僕っ……リツに酷いことしちゃった……」
「…………あー、なるほど」
やっと得心がいったとエドワードは頷いた。
「それそのままリツに言えよ。」
「でっでも、じゃあ卒業までやっぱり友達でって言われるかもしれないし……言われたら僕……」
じわ、とイワンの視界がにじむ。
「だーかーらー、『心配いらないくらいカッコイイスーパーヒーローになるから』って言っとけ」
「へ?」
(カッコイイスーパーヒーロー?)
ニヤリとエドワードは笑う。
「何でもパーフェクトにこなすヒーロー。
リツが心配するようなヘマしないスーパーヒーロー。
信じてリツが笑顔で待ってられるような、そんなスーパーイワンになればリツだって安心だろ」
「そ、そんな……僕には無理……」
「そんなんだからリツが心配すんだろ。しっかりしろよイワン」
(エドワードにはわからないよ……)
エドワードが言うヒーロー像に重なって見えたのはまさにエドワードで。
「ほら、リツに言ってこい! 宣言してこい!」
エドワードはイワンの腕を引っ張り立たせた。
「え、今?」
「早いほうがいいだろ。 リツだって元気無かったし」
「!」
「かっこよく宣言してキスの一つでもしてこいよ」
「キっ……!?」
バシバシとエドワードはイワンの背を叩く。
「ほら、電話して降りてきてもらえよ」
擦り傷の目立つ携帯電話を押し付けて、エドワードはイワンを部屋から追い出した。
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