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ほんの少し軽量化されたヒーロースーツをまとい、のっぺりとした闇の塊のような黒馬を操りブロンズへと降りる。

ヒーローTVの中継は既に始まっていた。

カメラがぐるりと回り込みナイトを映す。胸のロゴを気持ち強調するように胸を張り、マントがうまく翻るよう計算しながら黒馬から屋根へと飛び降りた。


『リッター君!』
「お疲れ様ですスカイハイ。 遅くなってすみません」

「摩擦を無くすネクストだそうだ。 自身もツルツルで拘束できないし、彼の放った能力でそこかしこツルツルだ。
転倒によるけが人やスリップした車両があちこちに突っ込んでひどい有様だ」


ひどい有様

その言葉通りあちこちめちゃくちゃになっている。道路に敷かれたアスファルトはリノリウムの床のようにツルツル、縁石やガードレールは鏡面仕上げの様にヘリのライトを受けてつやつやと輝いていた。

摩擦をなくすネクスト。初めて聞いたネクストだった。

『ボンジュール、犯人の素性がわかったわ!
マーク・ウィルソン過去2回ドラッグで逮捕されてるわ。服役を終えておととい出所したばかりよ。でも彼がネクストだという記録はないわ』

「ドラッグ……」


彼も能力に目覚めたばかりなのだろうかと昔の自分を思い出してリツはドキリとした。

コントロール出来ない能力で街を破壊している拘束対象。
自分も一歩間違えばこの犯人と同じような末路をたどったかもしれないな、とリツはキースに拾われた夜のことを思い出した。

「僕の影で縛ってみます。失敗したらすみません」

もう一度影をうねらせ黒馬を生み出す。
長いしっぽをぴしりと振る黒馬を撫でてその背にまたがる。

「気をつけて」

「はい」


ツルツルにされた道路を辿り犯人を探す。

「いた」

現場ではタイガー&バーナビーが犯人を拘束しようとしていたがやはり摩擦がなくなりツルツルになった地面に付近の建物、まともに立っていることすら難しいらしい有様だった。

さすがはバーナビー・ブルックスJr.
片膝をつく程度でなんとかバランスを保っている。

「だっ! ちっくしょ! 大人しく降参しろっ!」
「無駄ですよタイガーさん。聞こえてません」

ヒーローTVのヘリのライトに照らされ信号機の下に座り込む犯人はだらしなく口を開き、目はうつろで焦点が定まっていなかった。

「タイガーさん! バーナビー! 大丈夫ですか!」

「リッター!」

這いつくばっているワイルドタイガーが勢いよくこちらを見あげると、バランスを崩したのかつるりと滑りべしゃりと突っ伏した。

「あー……」

リツはワイルドタイガーのそばまで下りると手を差し出した。

「つかまってください」

下には降りられない。降りたらきっと第二のワイルドタイガーになって情けない姿が中継されてしまう。

ポセイドンラインのヒーローステルスリッターのイメージを保つためそれは避けたい。

「おっ! サンキュー! 乗せてくれんのか」

「あ、それは無理です」

否定するより早くワイルドタイガーは黒馬の鞍を掴もうとするがすり抜けてバランスを崩しまたべしゃりとツルツルの地面に倒れ込んだ。

「すみません、これ僕のネクスト能力の塊なんでほかの人が触れるようには作ってないんです」

「は、早く言えっ」
「しっかりしてくださいよタイガーさん」

バーナビー・ブルックスJr.からため息が聞こえた。

「次からは触れるように作りますから」
仕方なくワイルドタイガーを放置して犯人を狙う。

カメラを意識し、黒馬にまたがったまま柄のみの見せかけ剣を引き抜いてまっすぐ犯人へ向ける。

体には少しアルコールが入っている。
慎重にならねば取り返しのつかないことになりかない。

そろり、そろりと細い影で刀身を作り出し、切っ先から犯人へとゆっくり影を延ばす。

幾重にも犯人を取り巻き、そのうちの一本を彼の服に引っ掛けるが、
つるりと滑ってしまう。

舌打ちしたくなる気持ちを抑え今度は犯人の体と地面のあいだに影を滑り込ませる。

摩擦のなくなった地面はするりと影を受け入れ犯人の下に入り込ませることが出来た。

そこから影を広げ、周りの影も巻き込んで大きくしていく。

巾着のように対象を包み込み確保。


「犯人確保」

そうつぶやけば数秒遅れて街頭の大型テレビからそのまま自分のーー変声器で変換されたステルスリッターの声と犯人確保を称える実況の声が聞こえた。













「やるじゃないリッター。 疲れたでしょう? あたしが添い寝してア・ゲ・ル」

「ありがとうございます、お気持ちだけで十分です」

疲労と倦怠感から重たいヒーロースーツを着たまま体を起こすことができず五体投地。
トランスポーターのお迎えが来るまで地面と仲良くお友達だ。

一日の終わりに能力を暴走させてお酒を飲んで。その後にこの現場。
体力の限界だ。


犯人を捕まえた後、犯人のネクストが発動されたままで、警察に引き渡すことも出来ずあれから三時間ずっと能力を発動したまま拘束していた。

らちがあかないとこっそり影の巾着の中で頚動脈を圧迫して犯人の意識をブラックアウトさせたことは秘密にしておく。


「お疲れ様ですリッター」

「あ、バーナビー。お疲れ様です」

ヒーロースーツからとっくに着替えたバーナビー・ブルックスJr.が現れた。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」

「んもう。 起き上がれないくらい消耗していて何が大丈夫よ! もっと体力つけなさいな」

「はい……肝に銘じます……」

体力の無さは前々から思っていたことだ。
もう少し頑張ってトレーニングをしないと。

「リッター君! 大丈夫かい?」

スカイハイまでやってきた。
「運ぼうか?」

「トランスポーター呼んだので」

「ではトランスポーターの中まで運んであげよう! スーツを脱ぐにも手助けが必要だろう?」

「アタシも脱がせるの手伝うわ」
「大丈夫です」

リツは手を挙げて押しとどめる。ファイヤーエンブレムはつれないわねぇ、とセクシーな唇を尖らせた。

「じゃあ僕がリッターさんの手伝いを……
「結構!」

バーナビー・ブルックスJr.にはスカイハイが応えた。

二人の視線が(たぶん)絡み合う。

メディア向けの爽やかスマイルを貼り付けたバーナビー・ブルックスJr.とヘルメットをかぶったままで表情のわからないスカイハイが至近距離で対峙していた。

なんだかすごく面倒なことになりつつある気がすると、リツはマスクの中でため息をついた。



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