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▼ 33 待つ恐怖と覚悟とは

イワンを安心させるようにいたずらっぽくリツは微笑んだ。

何をするつもりなのだろうとハラハラしつつイワンはじっとリツを見つめた。

「オラ! どけ! 追いかけてくんなよ! 殺すからな!」

がなりながら強盗はジリジリと歩を進める。
そこへロックバイソンが立ちはだかった。
大きなヒーロースーツでカメラからリツの姿は映らない。

「おいどけよ!」

「っ」
(今だ)
リツと強盗の姿がカメラから遮られた瞬間、リツは首筋に当てられたナイフの刃を掴んだ。
「お、おい!?」
ロックバイソンの狼狽した声を無視しナイフの刃を掴んだま強盗の手をひねる。
同時に踵で強盗の足を思いっきり踏みつけ、その痛みで力が抜け前傾姿勢になったみぞおちに肘鉄を入れる。

「うぐっ」

そのままリツはナイフをたたき落とし遠くへ蹴り、身を翻して強盗の鼻の下へと拳を叩き込んだ。

仰け反りよろめいた強盗犯から離れ、リツはイワンの元へとかけ戻った。
人質がいなくなれば、あとは近くにいたヒーローが何とかするだろう。

「っリツ! 大丈夫!?」
「平気」
「手っ! 手は!?」

イワンはリツの手を取り確認する。ナイフをむんずと掴んで無事なはずがない。

「……あれ?」
「安心安全防刃加工のアラミド繊維がインナーグローブに使われてるから」
「……なにそれ」
「うーん、登山とかのアウトドア用品に使われたり、フォーミュラのドライバーのウエアとか、あとはレスキューの服とか」

そうは言ってもニット地の手袋の表面は切れてしまってインナー部分が剥き出しになっている。

「……し、心配したんだよ」
リツの手に触れるイワンの手は小刻みに震えていた。

「あ、あんな……授業とは違うのにっ」
「イワン……」
「リツ首っ……血が出てる」
「え、うそ」

指摘され慌てて触ればぬるりと滑り、ピリっと微かな痛みが走った。

「まあこれくらいすぐ治るよ」
「リツ……」

イワンはくしゃりと顔を歪めた。
「えッ!! あのっ イワン!?」
リツはまた何か地雷を踏んでしまったかと焦り、なにかフォローを入れようとするが何も思いつかない。
「こ、これくらいほんとなんともなくて、イワンってばっ」

「あのー、君たちちょっといいかな」

イワンの肩に手をかけたところで、警官に話しかけられて気づく。
いつの間にか事件は解決していて、ほかの人質だった人達はみんなリツとイワンのことを見ていた。

「アッ、ハイッ、スミマセン!」

いたたまれなさでリツは、穴を掘ってでも隠れてしまいたいと思った。












「じゃあ君たちはヒーローアカデミーの生徒さんね」
「はい。でもネクスト能力は一切使ってないので!」

ネクスト能力は使用していない。ここは強調しておかないと校則違反だなんだとややこしいことになりかねない。

リツは救急車の近くに置かれたパイプ椅子に座り首の傷の手当と、警察から事情聴取を受けていた。

「親御さんに連絡するから迎えに来てもらいなさい」
「あ、帰る先はアカデミーの寮なんで。 あと母親は今ニホンに帰ってて、父親はたぶん仕事で中継見たと思うので知ってると……思います……」
「お父さんの仕事は?」
「えっ……」

ちらりとリツはイワンの方を見た。
すぐ近くでイワンもほかの警官から聴取を受けている。

「えー、タレント……? 司会やコメンテーターなど……ですかね」
「芸能人? 一応お母さんかお父さんどっちかの連絡先書いて」

「はい……」

リツがしぶしぶ父親の携帯番号を書く隣で、イワンは淡々と受け答えをし、リツと同様に書類を書かされていた。

(リツが人質になって、反撃して……怖かったな)

リツが人質にされるならば自分が代わりたいと思った。
リツがナイフをつかみ拘束を解こうと反撃した時、もしそのナイフで体を刺されたら、首の太い血管が傷つけられたら。
突きつけられていたのがナイフでなく銃だったら。

もしリツが撃たれたら。
もしリツが大怪我をしたら。
もしリツがあのまま攫われて酷いことをされたら。

(リツの言ってた覚悟ってこういう事なのかな……)

リツの部屋で言われたことがぐるぐるとイワンの頭の中を巡っている。


『ヒーローってさ、危ない仕事じゃん。
火災現場に突っ込んだり、銃を持った犯罪者を相手にしたり……災害現場に派遣されたりさ。
それをテレビで見守る恐怖って、イワン考えたことある?』


『けっこー怖いもんだよ。特に生放送で切り替えが間に合わなかった時、その後一切画面に映らなくなった時』


『私にはね、画面の向こうで無事を待つ覚悟がない』

好きな人が危ない目にあうのを分かっていてその帰りを待つ恐怖。

もしかしたら、大怪我や、生きて帰れない可能性もある仕事。


そういうことか、とイワンはリツの言葉の意味を思い知った。


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