▼ 32 デジャヴ
「いわーん、できたよ。食べよ」
リツは器用に片腕と手に二枚の皿を乗せ、さらにお盆にスープとサラダ、カトラリーを乗せて危うげもなく運んできた。
プロのウェイトレスばりのバランス芸だった。
「あ、ありがとう 」
「お口に合えば幸いデス」
イワンはテーブルの上のお菓子を片付け皿を置くスペースを作る。
「リツって料理できるんだね」
「うーん、ニホンにいた時はママもおじいちゃんもおばあちゃんも仕事してたから。
簡単なやつなら作ってたよ。 凝ったのは無理だけどね」
皿を並べ、よいしょ、とリツはイワンの隣に腰を下ろす。
気持ち近めに、だ。
「いただきます」
「い、いただきます」
リツの手料理、ほんの少しいつもより近い距離。
物理的な距離だけでなく、関係性の距離も縮まり心臓が全く落ち着かないがそれでも二人の胸には幸せが満ちていた。
*
「イワン、そろそろ出るよー」
「うん」
冬の日没は早い。
カーテンを閉めセントラルヒーティングを落とす。
クロゼットから出したばかりのコートに袖を通し帰り支度をする。
「続き気になるなら貸すよ」
「あ……気になるけどテレビ談話室にしかないし……」
「そっか……あ、ポータブルプレイヤーも貸すよ。 寮においてあるから明日にでも」
「いいの?」
「うん。全然使ってないし」
ちなみにリツが持ち込んだDVDは英会話関連だ。
「じゃあこの続き借りてもいいかな」
「もちろん」
リツは手早く棚から続きを何本か抜き取ると袋に入れてイワンに渡した。
「ね、イワン」
「ん、なに……?」
リツはイワンの袖を引っ張った。
「年末年始さ、パパもママも旅行でいないから、またうちおいでよ」
「!」
(年末年始は企業の訪問も面接もないし……一時帰宅の外泊許可がでるんだっけ……?)
外泊。
ぶわりとイワンの頬に朱が差した。
(ままままさかそんな意味じゃないよね僕の考えすぎでリツだってそんな意味で言ったわけじゃ……)
「外泊許可とってさ、一緒に年越ししようよ」
「!」
(ああああああああああっ!!? リツ!?)
「それともエドワードたちとなにか約束してる?」
「なっ……なんにもないよ……?」
「良かった。ここからニューイヤーの花火も見えるらしくてね、
私まだ見たことないからイワンと一緒に見てみたいなって思ってたんだ」
するりとリツはイワンの腕に自身の腕を絡めた。
「!」
「さ、帰ろっか」
「う、うん……」
*
「デジャヴ……」
「ねえイワン、私ら日頃の行い改めた方がいいのかなぁ」
「おとなしく手は頭の後ろだ!! 動くんじゃねぇぞ!!」
スカイハイのパトロールを見に行った帰りにもこんなことあったなぁ、とリツはコートのポケットから手袋を取り出し嵌め、おとなしく手を頭の後で組んだ。
年末年始ATMが止まる前にお小遣いを下ろそうと銀行に立ち寄ったらこれである。
「今回は抜け出したわけでもないし映っても問題ないね」
「なんでリツはそんなに楽観的なのさ……」
「先日の銀行強盗でね、ワイルドタイガーの過破壊が認められて賠償請求されてたから。
多分会社の人に怒られて、強盗が銀行を出るまで突っ込んでこないと予想してる」
銀行の中で暴れない限りおとなしくしていればまず危ない目には合うまい、とリツは睥睨した。
強盗だってヒーローや警察が来る前にさっさと逃げたいはずで、わざわざ脅し以外のことをするとは思えない。
銀行員側には銃、客にはナイフと銃を向ける三人組の強盗。
「チッ! もう来やがった!!」
強盗の言葉通り銀行の外にはヒーローTVのカメラ、そしておそらくスカイハイのジェットパックの音が聞こえてきた。
「早くしろ!!」
カバンに現金を詰めさせ、ファスナーも完全に閉めないまま銀行員からひったくった。
そのまま逃げるかと思いきや。
ナイフを持つ強盗が行内を見回し、リツに目を止めた。
「お前も来い!」
「えっ」
一番小柄で、日系の女の子供。
リツは人質として最適に見えたようだった。
ぐい、と腕をつかまれ引っ張られていく。
「リツ!」
慌ててイワンが手を伸ばした。
「動くな!!」
リツの首には刃渡りの長いサバイバルナイフが突きつけられた。
「人質の命が惜しけりゃ動くんじゃねェ!!」
「っリツ……」
(ど、どうしようリツが!)
いくらリツの対人格闘の成績が良くてもナイフを突きつけられていては何も出来ない。
(僕がエドワードみたいなネクストだったら……)
「大丈夫だよ、イワン」
「黙ってろ!!」
名前を呼ばれイワンははっとした。
外にはほかのヒーローの姿も見える。
ロックバイソン、ファイヤーエンブレムも銀行の中を伺っていた。
イワンに向けてリツはいたずらっぽく微笑んだ。
「……?」
なにかしようというのだろうか。
冷や汗がイワンの額に滲んだ。
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