▼ 甘くてほろ苦いオトナ味
彼の勤め先を聞いて驚いた。
ヘリペリデスファイナンス!!
七大企業の一つ、ゴールドステージの大企業ではないか。
人は見かけによらないものだと改めて思った。
今日は仕事帰りにうちに寄ってもらう約束をした。
寄ってもらうか渡しに行くか判断するために軽い気持ちで勤め先の場所をメールで尋ねたところ、あの大企業の名前が返ってきたのだ。
先日梅干との邂逅。
梅干しの「クセ」を失念してイワンくんを可哀相なめに合わせてしまった。
今日はそのお詫びだ。
以前の過ちの繰り返しにならないよう、あらかじめ抹茶についてのリサーチは完了している。
お抹茶を飲んだことはないが、それを使ったお菓子は好きだと言っていた。
甘さ控えめの抹茶プリンと柚子のジャムを使ったマフィン。
可愛くラッピングして持ち運ぶ時恥ずかしくないようシンプルな紙袋に入れた。
なんだか落ち着かない。
イワンくんが中に入ってもいいように掃除もいつもより念入りにしたし、
ごはんも誘って、オーケーもらえたとき用にあと一手間加えたら完成、というところまで作ってある。
でも仕事で疲れていたら長々拘束するのは迷惑だし……
渡すだけで終わりにしようか。
そわそわしているとスマホが震えた。
スライドロックを解除して耳に当てた。
「もしもし」
「リツさんのマンション凄いですね」
「おじいちゃんが前に住んでいたの。今は海外に行っちゃったから私が代わりに、ね」
電話に出てみればイワンくんがエントランスの警備員に止められてしまい、助けを求める電話だった。
「ごめん、まさか止められるなんて思ってなかったから……」
慌てすぎて警備員に「違うでござる!誤解でござる!」なんて……語尾にござるがついていた。
ゴールドステージの高級マンション……祖父の持ち物だから価格はわからないがもしかしたら億ションかもしれないーーに住んではいるが、私は間違いなく一般人だ。
エレベーターに乗り込みカードを通す。
ドアが開けば和風の小さな枯山水の道があり、ヒノキの香りのするスライドドアの玄関がある。
おじいちゃんが住んでいた頃はこのエントランスにもガードマンが立っていた記憶がある。
指紋と指先の静脈認証でドアを開ける。
「どうぞ」
私はイワンくんを中に招き入れた。
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