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▼ 初夢で嫌な未来を見てしまった空

これは夢だ。
夢だと自覚する夢を明晰夢と呼ぶらしい。


「リツすっごい綺麗……」

ブルーローズ君が目を輝かせて見つめる視線は私を通り越し、隣にいる真っ白なドレスに身を包んだリツを見ている。
綺麗に決まっているだろう。私が惚れた人なのだから。
ゆっくり、ゆっくりと赤いバージンロードをリツをエスコートして歩く。
リツは幸せそうだ。そうだろう、今日は結婚式なのだから。

一歩、また一歩と進み、短いバージンロードはあっという間に終わる。
「さ、リツ」
白いベール越しに彼女が顔をほころばせたのがわかった。私はリツの手を取り、壇上へと送り出した。


どうしよう、夢なのに泣きそうだ。



目の前でリツは神父の問いかけに応え、女神に永久の愛を誓い、キスをする。真っ白なウエディングドレスに身を包み、はにかむリツはとても綺麗だ。

その隣に立つのが私だったら、どんなに良かっただろう。

けれども、これは夢の中で私が選んだ結末。
雛鳥を手放したのは他でもない私なのだから。



「白無垢姿も見てみたかったでござる」
「かーっ! 羨ましいねェバニーのヤロー! おじさん泣きそうっ!」


バーナビーくんのエスコートでリツは赤いバージンロードを歩く。
外に出てきた二人に招待客は祝福の花びらをかける。

胸がズキズキと痛む。懸命に息をしているはずなのに苦しくて苦しくて、心臓が止まってしまいそうだ。

「……ちょっとアンタ大丈夫なの?」
「わかっているならそっとしておいてもらえるとありがたい」
「自業自得もここまでくると流石に同情を禁じえないわね。
だったらほら、もうちょっとマシな顔作って風でも使って盛大に祝ってやんなさいよ」
ファイヤーくんが差し出した籠にはまだたくさんの花びらがあった。

「……ああ。そうするよ」

ファイヤーくんから籠を受け取り列の最後尾に移動する。



こちらの世界に来たばかりのリツを見つけ、保護して、リツの想いを知って。
けれどもそれは知らない地に来たばかりの心細い時に一緒にいた私への感情を勘違いしているのだ、と私はリツの想いを拒絶した。

雛が親鳥を慕うような、そんな刷り込みの慕情。

リツには本当の愛を見つけて欲しくて、私は自分の思いに蓋をしたのだ。

自分で選んだ結末じゃないか。
自分が望んだ結果じゃないか。



新郎新婦が近づいてきた。
私は精一杯の笑顔を作り、花籠をひっくり返して能力を発動させた。


「リツ! バーナビーくん! おめでとう!そしておめでとう!!」



これは夢だ。
わかっている。

けれどこんなにも胸が張り裂けそうなのはどうしてだろう。





くるりと周りの映像が回転し、変わった。





「幸せになるんだよ、リツ!」
「ふふ、もう幸せだよ、キース」

花が綻ぶような笑みを浮かべ、リツはありがとう、と言った。


ああ、これも夢だ。


嫌だ。祝福なんてしたくない。本当はヒーロースーツを脱いでも私の隣にいて欲しいんだ。

リツの薬指には指輪がはめられている。
幸せそうな笑顔でそれを見せられ心臓が止まるかと思った。

ーー素敵じゃないか、良かったね。

絞り出すようにそういえば、照れたようにリツはプロポーズされたの、と言った。

リツが私の元から巣立って、雛鳥の刷り込みの愛ではなく、本当の恋をした。
それは私が望んだことだ。なのに、こんなにも胸が痛むのはなぜだろう。

バーナビー君とリツが親しくなり、恋人になったと聞いて、それでも仕事のパートナーは私だし、それで良いと思っていた。

それで良いと思っていたんだ。


リツを拾ったあの日から、きっと私は恋をしていた。


仕事が終わって、帰って、一緒にジョンの散歩に行って、一緒に食事をして、PDAのBeep音に慌てて飛び出し、行ってらっしゃい、と見送られて。

けれども、別々に暮らすようになり、一緒にいられる時間が減った。

当たり前だ。私は大人ぶって、彼女を拒んだのだから。

誰も頼れない知らない世界に放り出され、拾った人物に好意を抱くのは、親愛や信頼であって恋ではないのだと諭して、リツの気持ちを拒んだ。

けれど彼女を手放してから後悔した。
私も好きだと伝え、たとえリツの気持ちが刷り込みの愛だとしても、真綿でくるみ逃がさないように囲い込むべきだった。

そうすれば、今彼女の薬指にある輝きは私がプレゼントできたのだ。リツは私のものだと声高に叫ぶことが出来たかもしれない。

「あのね、私こっちに家族とかいないから……だからね、バージンロード一緒に歩いて欲しいんだけど、いい?」

ああ女神様、どうか、どうか時間を戻してください。彼女と出会ったあの時に、あの時からやり直したい、そしたら絶対にリツを手放さないのに!!

「もちろんさ、嬉しいよリツ!!」

泣きそうだ。じくじくと胸が痛む。
私はリツをぎゅっと抱きしめ、抱き上げてくるくると回る。そのままよこしまな想いを込めてこめかみにキスを落とす。

「わっ!? キースってばっ」

あはは、と彼女は笑う。

ああ、どうしよう。

「……キース?」

ぽたり、と涙がリツの頬に落ちてしまった。
どうしてこんなにリアルな夢を見ているのだろう。

「ああ、すまない。君が巣立つのがなんだか感慨深くてね」

「もう、お父さんみたいね」
「似たようなものだろう?」

よしよし、とリツは背伸びをして私の頭をなでた。

「本当におめでとう」
微塵も思っていない祝福の言葉をかけて、私はもう一度リツを抱きしめた。




さよなら、私の愛しい雛鳥。




「ース、どうしたの、キースってば」

ゆさゆさと揺さぶられ、意識が浮上した。

「うなされて……涙まででてる……大丈夫?」

心配そうにのぞき込むリツと、ベッドに前足をかけるジョンを見れば、余計に涙が溢れてきた。

(良かった、リツがいる……)

絶対に手放さい。
バーナビー君には渡さない。

この初夢は、絶対に正夢になどさせない。


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