▼ 30 あれ、これってフラれるパターンじゃ
(リツの他に会いたい人なんていないのに)
「リツ……ちがうよ」
(僕が会いたいのは、僕が好きなのは)
「リツ、多分リツは勘違いしてると……思うんだけど……」
(リツはやっぱり僕のこと弟みたいに思ってるのかな。聞いたら、引かれるかな……僕の気持ちを言ったら……)
ぐるぐると同じことが頭の中をめぐる。
めぐるばかりで結論は出ない。
「勘違いって?」
リツは荷造りを終えたのか、紙袋を持って立ち上がった。イワンには背を向けたままで表情まではわからなかった。
「その……こんなこと言うのは迷惑かも……気持ち悪いって思われるかもしれない、けど……」
(言え! 言うんだ言ってしまえ僕!)
「っリツ以外に会いたい人なんていない!」
「!」
リツの目が見開かれた。
(え……それってどういうこと……?)
「…………」
「…………」
沈黙。
「…………い、イワン……」
「あ……ごめん、迷惑だよね、僕なんかが、その……ごめんリツ……
で、でも、会いたいのはほんとにリツだけで……
その、す、す、好きになっちゃって」
ゆっくりと振り返ったリツの顔はイワンに負けず劣らず真っ赤になっていた。
「……そ」
「そ?」
「そうならそうと言ってよぉおおお……」
へな、とリツは床に座りこんでしまった。
「リツっ?」
慌ててイワンはリツのそばに寄るが、触れてもいいものか分からず両の手を宙にさ迷わせている。
「ああああああああああ……」
リツは両手で顔を覆ってしまった。
「リツ?」
「イワン」
「うんーー!?」
ガバッとリツはイワンの首に抱きついた。
体重の乗った突然の攻撃にイワンは対応出来ず後ろにひっくり返ってしまった。
「ごめん!」
「あ……うん、大丈夫」
ごめんと言いつつ退く気はないようだった。
「それ、卒業する時にもっかい言って!」
「え……?」
「私ね、私もイワンと同じ気持ち」
同じ。
その言葉にイワンは体が震えるほどの歓喜が湧き上がるのを感じた。
(夢オチじゃないよね……リツが、僕の事好き? 本当に?)
けれども卒業する時にもう一度、という言葉が気にかかる。
「あのねイワン」
ぎゅ、と抱きつく腕に力が入った。
「ヒーローを目指す人は恋愛対象外なんだよね」
「……あれ?」
ぴしり、とイワンの体が固まった。
「でもさ、イワンにはヒーローになって欲しいわけ。全力で応援したい」
「………………うん」
(こ、これはまさか……)
嫌な予感しかしない。
「ヒーローってさ、危ない仕事じゃん。
火災現場に突っ込んだり、銃を持った犯罪者を相手にしたり……災害現場に派遣されたりさ。
それをテレビで見守る恐怖って、イワン考えたことある?」
「え?」
「けっこー怖いもんだよ。特に生放送で切り替えが間に合わなかった時、その後一切画面に映らなくなった時」
ぎゅう、とまたリツの腕に力が入る。
「……」
(リツは……もしかしてヒーローに知り合いがいるのかな)
でなければこのような言葉が出るはずがない。
「私にはね、画面の向こうで無事を待つ覚悟がない」
(あれ、これって、フラれるパターンじゃ……)
それはいやだとイワンもリツの背中に手を回して抱きしめ返した。
「あ、あのリツ、僕がヒーローになれるって決まったわけじゃなぁうわっ!?」
「なるの! 自分で諦めるなよっ!!」
リツはガバリと身を起こしイワンの胸ぐらを掴んだ。
「ヒーロー目指さないイワンならお断りだね!」
「え……ええ……?」
「あと一年半ある。 それまでに覚悟決めるから、だから卒業する時にまた言ってよ」
「ヒーローになれなくても……?」
「逃げ道つくんな!」
「だ、だって……」
(両想いなのに、一年半も友達のままなんて……)
「卒業するまで友達のままでいるって事なんだよね?」
「うん。 ああでももちろんイワンに対する気持ちは変わらないよ。 他に恋人を作るような不誠実はしない。
イワンは不安?」
(不安に決まってるよ!)
イワンの表情から文句を読み取ったのか、リツは苦笑した。
「そうだなぁ……
じゃあこうしよう。 今日と、来年のクリスマス……この日だけは恋人同士になる?」
「!」
照れの交じるリツの笑みに思わず頷いてしまいそうになるイワンだったが、寸でのところで思い止まった。
「嫌」
「おっとーダメ出しでたよ」
「アカデミーが休みの日」
「ん?」
「クリスマスだけは嫌。アカデミーが休みの日もがいい。」
普段弱気で後ろ向きなイワンの、
絶対に譲らないぞという強い意思の込められたアメジストの双眸にひたと見据えられ、リツは降参した。
「あは……りょーかい、ダーリン。」
リツはもう一度イワンの首に腕を回し抱きついた。
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