▼ 29 なんかイワンの地雷を踏み抜いたっぽい
「大丈夫?」
「うん、夢は夢だし」
紛れもない現実だけれども、心配そうにリツの顔をのぞき込むイワンに対し本当のことなど言えるはずもなく。
(あ……目見れるようになってる)
今朝は目を合わせるどころか顔も見れない状態のイワンに一体何があったのだろうかと首を傾げたリツだったが、
こうしてまた目を合わせられるようになったのなら特に心配はいらないのかもしれないな、と思った。
「あーー、そうそう、プリント終わったかな」
イワンに甘えているような体制にいたたまれなくなり、リツはソファから立ち上がる。
「昨日のパーティのやつ。 アンリからもらったやつもプリントしたから」
光沢紙にプリントされた写真をチェックし2人分に仕分ける。
「はい、これイワンの」
「あ、ありがとう」
はい、と渡された写真をイワンは受け取って何枚か目を通す。
(うわ……こんな感じに見えてたんだ……)
会場の体育館で手をとり踊る二人。
仮面をつけていても表情の差からまだ能力を解く前であることがわかる。
(擬態しても、こんなに違うんだ……)
これでは完璧な擬態とはいえない。
(演技力も必要……だよね)
一枚一枚写真を見ていけば、リツが二人写っている写真にたどり着いた。
寮のリツの部屋で撮った写真。
「イワン、それ部屋に飾ってもいい?」
「え?」
「なんかさ、双子みたいじゃん? ソレ」
双子。
兄弟、姉妹。
(もしかして……僕リツに弟か何かだと思われてる?)
さぁっと血の気が引いてゆく。
(え? 嘘でしょ……?)
「……イワン? 」
イワンの顔色が悪い。
(まさか……今までいろいろしてくれてたのって……弟の世話……的な……?)
「おーい? 大丈夫? 」
リツの声が届いていないのかイワンは固まっている。
(寮の部屋にいれてくれたのも……男として見られてないから……?)
(朝一緒にトレーニングしてるのも、僕とダンスのペア組んでくれたのも……)
嫌な考えが次々とイワンの中に生まれてくる。
それらは膨れ上がったイワンの恋心を押しつぶしてゆく。
「具合悪い? 顔色悪いよ。ちょっと横になりなよ」
リツはそっとイワンの腕に触れた。
反射的にイワンはリツ手を振り払った。
「……」
「……あ……ご、ごめんリツっ」
リツは驚き、弾かれた手をさまよわせ、頬をかいた。
「あー、急に触ってごめん、びっくりしたよね。
なんか顔色悪いよ。
体調悪い?
昨日の疲れが残ってるのかな、ちょっと休んだら寮に帰ろうか」
にこ、とリツは笑い手招きした。
「ちょっとやることあるからさ、イワンは私のベッド使ってちょっと休みなよ」
リツに勧められるがまま、イワンはリツのベッドに入った。
「用事終わったら起こすから。
なんか欲しいのあったら呼んで」
呼んで、とリツは携帯をつついた。
静かになった部屋でイワンは目を瞑る。
ドキドキして、幸せだった気持ちは見るも無残にしぼみ、今にも泣きそうだった。
(僕の事どう思ってるの……)
そう訊いてしまいたい。
けれど、そう訊いてもしも弟のように思っていると返ってきたらもう立ち直れないな、とイワンはため息をついた。
*
「んーー」
イワンを自室のベッドに寝かせ、リツはリビングで頭を抱えていた。
体調不良というよりも、あの反応は。
(なんかイワンの地雷踏み抜いたっぽい!)
一体何が地雷だったのか。 動揺してまともに働かない頭をフル回転させて直前の行動を思い返す。
(写真関係? 女装がまずかった? でもそれならもっと前の段階で嫌がるよね。 そもそも写真撮られるの自体嫌だった?
あんな格好でDVD見ながら寝たのがまずかったかな……)
電源の入っていないテレビ、ステルスソルジャーのぬいぐるみ、DVDの棚、往年のヒーローカレンダー……
次々と視線を移動させてゆく。
(見てるだけで具合悪くなるくらいステルスソルジャーが嫌い、とか?)
流石にそれは飛びすぎたが、冷静さを欠いたリツは気づかない。
(あ……クリスマスに一緒に過ごしたい人がいて早く帰りたかった、とか?)
これだ、とリツの中で稲妻が走った。
バタバタと部屋に戻り乱暴に部屋の扉を開けた。
「っごめんイワン! 帰ろう! それともこのまま解散した方が都合いい!?」
リツはクロゼットを開け寮に持ち帰る服を紙袋に無造作に詰める。
「気がきかなくてごめん」
あは、と笑ってみるが、リツの胸のあたりはチクチクズキズキと痛みだして呼吸してもしても酸素が足りないような気がして苦しかった。
「……え?」
部屋に飛び込んできたリツの言葉の意味を捉えることが出来ず、イワンはゆっくりと体を起こし首をかしげた。
「クリスマスだもんね、イワンにも会いたい人とかいたよね」
「!」
(何のこと!?)
「相手にも連絡してみて。 まだお昼だし、今からでも十分ーー」
「ま、待ってリツ、なんのこと……?」
イワンは慌てて待ったをかける。
「早く帰りたかったんでしょ?」
「ち、ちがうよ」
「だってイワン……」
(どうしよう失恋だ……)
ヒーローを目指す人は恋愛対象外だと気持ちにブレーキをかけたはずだった。
けれども、もうその気持ちは止まらなくて、こんなにも苦しくてリツは今にも泣き出しそうだった。
けれども泣いてしまえばイワンが困る。困らせたいわけじゃない。
必死で耐えるが、ぐるぐると渦巻く感情を制御できそうになかった。
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