▼ 28 友達ならどこまで許される?
(うわ……ど、どうしよう! 起こすべきっ?)
ジダイゲキフィルムも3話に差し掛かり、主人公達は水茶屋で休憩をしながらその土地の代官についての噂を聞かされている。
プリンターから小さな音が連続的に聞こえてきて、そしてリツはソファに戻ってきて、寝てしまった。
昨夜の疲れも残っているのだろう。通常の呼吸音と違うゆったりと深い息遣いがすぐそばから聞こえてくる。
すぐそばから。
なんとなくくらくらと頭が揺れ動いているなとは思っていた。
その揺れがおさまったと思ったらゆっくりと一方向に体が傾いてきたのだ。
イワンの方向に。
ほて、と頭がイワンの肩に落ちた。
そのまま安らかな寝息を立てている。
安らかなのはリツだけでイワンの心の中は大いに荒れていた。
(どうしようっ)
そっと首を動かしてリツを見るが顔は見えずつむじしか見えなかった。
(……いいにおい……)
シャンプーの香りだろうか。ふわりと良い香りがイワンの鼻腔をくすぐる。
匂いを感じるくらいならバチは当たらないだろう。心の中でそう誰にともなく言い訳をしてイワンはそっとリツの頭部に顔を寄せた。
ドキドキと相変わらず心臓はうるさくて、この振動がリツに伝わってしまいそうだ、とイワンは自らの胸を撫でた。
ぴと、と頬をリツの頭にくっつけてみる。
(っうわぁあああああっ!)
あたたかい。
そっと手を伸ばしてリツの髪を触ってみる。
黒いつややかな黒髪はイワンの髪とは違って少し硬い。
けれどもスルスルと指からこぼれてしまって、あっという間にイワンの手から逃げてしまった。
「……」
リツの頭に頬を寄せたまま、今度はリツの手に視線を移した。
ゆるく開かれた手。
OBC感謝祭で繋いだ手。クリスマスイブ・パーティのダンスで繋いだ手。
忍者のようにするりと壁を登ったり、竹刀を振ったりするリツの手は同じ年頃の女子ーー否、男子よりも手の皮膚が固くなっている。
親指側の手のひらの筋肉は厚く、リツの努力が伺える手だ。
イワンはそっと指で触れてみた。
ゆっくりとリツの手をなぞる。
「っくしゅ!」
「わぁっ!?」
リツのくしゃみにイワンの体が跳ねた。
その衝撃でリツの頭がイワンの肩から落ちた。
ずるりと傾ぐ体をイワンは体をひねり慌てて両腕を伸ばし支える。
結果、イワンの胸にリツがしなだれかかるようになってしまいより密着度が上がった。
(どうしようっ )
手を離せばまたズルズルと下へずり落ちてしまう。
けれどもこのまま支えているのも地味に辛い。
十二分に葛藤して、イワンは体制を変えるべくリツの体の下に手を差し込んだ。
テレビ画面では芸者が代官に帯を解かれまいと抵抗していた。
*
「…………」
(どういう状況だこれ!!!!)
リツは目を覚ました。
けれども微動だにできない理由があった。。
イワンがリツの頭を、背を撫でているのである。
(うっかり眠っちゃって……え? どうなってんのこれ)
イワンの胸を枕にしている。
イワンの足の間にリツの体があって、まるで座るイワンにお姫様抱っこでもされているような体制で。
(……ま、まじで何があったんだ……?)
体が倒れないようにとイワンの腕が回され支えられている。
時たまその手がリツの頭を、背をなでるのである。
(お、起きづらい……)
まるで恋人同士がいちゃつくような体制で、
薄目を開ければとっくにDVDの再生は終了しており、タイトル画面が表示され、小窓でNG集が流れていた。
(手が動いてるということはイワンは起きてる。 いつ起きよう。ていうかイワンだよね? この人はほんとにイワンか?)
OBC感謝祭の時にもあらぬ疑いをかけたが、またリツは果たしてこんなことをするのは本 当 にイワンだろうかと疑う。
(今起きたら……電気つけたら真っ赤なのバレるし……でもいつまでもこのままはまずいし……)
目を閉じて悶々と考える。
イワンもリツが寝ていると思っているからこそこういったことをするのだろう。
でなければいつも猫背で伏目がち、声も小さい、消極的を絵に書いたようなイワンがするはずがない。
(!?)
ぐ、とイワンは体をかがめた。
リツはつむじに何か違和感を感じ取り、その違和感の正体の可能性が何であるか思い至って、気を失いかけた。
(これはまずい)
果てしなくまずい。
(今の唇だ、キスだ。)
嬉しい。そう思うと同時にこのままではいけない、とリツの背中に冷たいものが滑り落ちた。
(イワンはヒーローを目指す人)
全力で応援したい。
けれども、母がテレビ画面を見つめ唇をかみしめる姿が脳裏に浮かぶ。
(このままじゃイワンを応援出来なくなる……)
嬉しいと同時にどうにも消化しきれない想いがぐるぐるとリツのなかで暴れ周り、
ついには涙までが出てきた。
(イワンのこと 好きだ……どうしよう……)
我慢出来ずにひくりと肩を揺らせば、ぱっとリツの体からイワンの手が離れた。
「……リツ?」
「……あ、おはよ……」
リツはゆっくりとイワンから体を離し、ぐし、と袖で乱暴に目を擦った。
「うわー、寝ちゃってたよごめんねイワン」
「だ、大丈夫?」
「……うん。 なんか夢見てたみたい」
あは、とリツは笑って誤魔化した。
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