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▼ クリスマスの夜に泊まって欲しい空


「つ、疲れた……」
「リッター君、あと一息だよ。 頑張ろう!そして頑張ろうじゃないか!」

今日はクリスマス。
今年のクリスマスは土日に重なり、それゆえに様々なイベントがあちこちで催されている。

もちろん街のアイコンであるヒーローたちもあちこちで出演依頼があり土日返上でイベントに参加している。

「朝から老人ホームの慰問に商店街のふれあい握手会、セントラルパークのヒーローショーにこども病院の慰問……さっき出動があってこれから遊園地のイルミネーションのイベント……それが終わったらホテルでのファンミーティングを兼ねたトークディナーショウ……食べられないのにディナーショー……」

「その後は夜のシュテルンビルドの夜景遊覧飛行船の併走があるね」

「死ぬ……」
「大丈夫、バーナビーくんよりはまだゆとりがあるスケジュールだよ!」

はは、とステルスリッターのマスクから乾いた笑いが漏れた。
ヒーローデビューしたばかりのリツはまだまだ忙しく、その忙しさは有難いことだと分かってはいるものの体力が追いつかずなかなかに辛い。

「アメリカ的なクリスマスって家族とゆっくり過ごすイメージでした……シュテルンビルトって結構商魂たくましい……」
「ん?どうしたんだい?」

「なんでもありませんよスカイハイ……」

ほんの少し、夢を見ていた。
好きな人とクリスマスを過ごせたらいいな、とそんな拙いあこがれと淡い期待。

確かに一緒に過ごせてはいる。
コンビなのだから、一緒にスケジュールをこなしているというだけだけれども。

けれどもやはり仕事は仕事であるからして、甘い展開など皆無、ハツラツと仕事をこなすキースを見ていると淡い期待を抱いた自分がバカバカしくて笑えてくる。

「そうだリツ、ああえっと……すまない、まだ慣れなくて。 リッター君、今夜はうちに泊まりに来ないかい?」
「へあ?!」
「リッター君?」

驚きのあまり変な声が出てしまった。
えへん、げふんと咳払いをし、ヘルメットの変声器越しでも違和感のないように言葉を紡ぐ。

今はスカイハイの他に近くに人はいない。
だが練習も兼ねてヒーロースーツを身につけている時は極力リツは「ステルスリッター」でいるように気をつけている。

「ジョンも喜ぶよ。 私だけが帰るとあとからリッター君が入ってくるんじゃないかと玄関で待っているんだよ」
「!」
(忠犬だ!)
リツは感動のあまり胸を抑えた。
「久しぶりにジョンに会いたいしお邪魔させていただきますっ」

「それに、せっかくのクリスマスだしね」

肩に手を回され引き寄せられる。
傍から見れば男のヒーローが2人肩を組んでいるように見えるだろう。けれども片方の中身はリツ、女である。

「ええ、せっかくのクリスマスですからね」
「まさか、家でもリッター君のままじゃないだろうね」
「ああ、練習も兼ねていいかもしれませんね。 このままお邪魔したらジョンに警戒されてしまいますかね」

「ダメだ。 そうだ、どうしても脱いでくれない時は無理矢理にでも私がスーツを脱がせてあげよう。 そうすればヒーローの魔法が解けるだろうしね」

ね、とヘルメットごと首を傾けるスカイハイに、リツは自らが覆面ヒーローであることに感謝した。

(ぬ、脱がせるとか!!)

まだあの件から二ヶ月ちょっとしか経っていない。
他意は無く、ただのジョークの応酬だとしてもリツの心臓にダメージが来た。

「明日も忙しい。会社から迎えが来るから一緒の方が効率がいいだろう?」
「あ、それはアウトです」
「なぜだい」
「それはスカイハイが考えて気づいていただけるとありがたいですね、さすがに。」

さすがにリツの口からは言いづらい。
「会社も元々私たちが一緒に住んでいたのは知っているのだから気にしなくても良いと思うけれどね」
「そういう問題ではないと思いますが」

ため息を飲み込みリツは首を回す。
さすがに疲れがたまっている。
「バーナビー・ブルックスJr.はこれ以上…… 」
「ん? リッター君?」

「いえ、これを合言葉に頑張ろうかと」

「そうだね、私もリツが来てくれることを励みに頑張るよ」

「……お邪魔しますが泊まりませんよ」
「ジョンが朝起きると君の部屋のドアの前に座って待っている時があるんだ」
「!」
「もしかしたら、夜中に君が帰ってきているのではないかと期待しているみたいでね」

「うっ」
(なんて、なんて健気なのジョン!!)

グラグラとリツの心が揺さぶられる。

「せっかく『帰ってきた 』と喜んだのに朝には居ない。 気づいてしまった時のジョンはどんな気持ちだろうね……」

耳もペタンとなり尻尾は力なく垂れしょんぼりとうつむくジョンの姿がリツの中に浮かんだ。

「わっ、わかりましたよ泊まればいいんでしょう! 泊まりますから!」

「ありがとう! ジョンも喜ぶよ!」
半ばやけくそに応えたリツにスカイハイはヘルメットの中で勝利の笑みを作った。





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