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▼ 23

もぞり、とリツが身じろいだ。

気配が動きキースの意識も覚醒する。
一晩明けてみれば昨日の勢いはなんだたのかと思うほど自責の念が怒涛のように押し寄せてきた。

平身低頭謝りたい気もするが、余計火に油を注ぎそうな気もする。

爽やかにおはよう!と笑顔で挨拶するか、そのままいちゃついてみるか。
昨夜能力で抵抗されなかったわけだし(多分ネクスト能力の攻撃力だけを見ればリツの方が強いはず)一応受け入れてくれたのだろうかと目を瞑ったまま悶々と考える。

だとすれば笑顔で挨拶をしてみようかとキースが結論を出したところでリツが声をかけた。

「キース、起 き て」

地を這うようなリツの声。

これは今までに聞いたことのない声だ。もしかしたら幻聴かもしれない。可愛いリツが、こんな声を出すはずがない。

キースはそっと目を開けた。

リツはベッドから降りると勝手知ったる様子でバスタオルを棚から取り出し身体に巻き付け振り向いた。

「おはよう! リツいい朝だね……ね?」

ゆらり、とリツの影が形を変えた。













「すすすすすまなかったリツ! 知らなかったんだ!」

「へーえ。 前から私のネクスト能力が暴走した時、手握ったり抱きしめてくれたりして収めてくれていたから知っているのかと思ってたけど?」

(ありえない、ありえない、ありえない! キースの馬鹿!!)

「本当に知らなかったんだ! 他人に触れられているとリツのネクスト能力が使えなくなるなんて!」

キースはベッドの上、裸の状態でリツのネクスト能力を突きつけられている。

影を細く鋭く裂き蛇のように鎌首をもたげ、キースを取り囲む。
風で影は払えない。


「知らないわけないでしょ! 会社だって上は知ってるよ!
っあ……」

「どうしたんだい?」

「な、んでもない。 シャワー借りるから」

なかに出された残滓がとろり、とこぼれ出てくる。
白いものがリツの太ももを伝った。
「!」

キースの目にもそれが映る。
「リツ、」
「!」
キースの視線がどこにあるか気づいたリツは慌ててバスルームに駆け込んだ。



素肌に触れられているとネクスト能力は発動できない。
たとえ使えたとしてもアルコールの入った状態でキースにネクスト能力をけしかけたら重傷を負わせかねない。

「はーあもう……」

グチグチ悩んでいたのが嘘のように吹っ切れた。
さっぱりと体を洗い上げ、タオルを巻いて出る。

「やあ、おかえり! コーヒー飲むかい?」

「いらない」

リツはキースをじとりと睨みつける。

「パンは」

「いらない」

「あ、オレンジジュースもあーー」

「着替えたら帰る。 何もいらない」

寝室に脱ぎ散らかされた服を集める。
(あーあ、ストッキング伝線してる……)

駄目になったストッキングを丸めてカバンに押し込む。
下着を身につけ、ワンピースを着る。

「リツ、髪、乾かしてあげるよ」

振り向けば、櫛を持ったキースと、尻尾の下がりきったジョンがいた。










ご機嫌取り、というわけではないが、キースはネクスト能力を発動させ風でリツの髪を乾かす。

(とても怒っている……)
キースがしたことを鑑みれば当たり前の結果である。
想いを隠し、リツが本当の恋をすべきなのだと思っていたがやっぱり誰にも取られたくなくて暴走してしまった。

「リツ、その」
「ねえキース、私ヒーローやってるんだ」

「ん?」
(それはもちろん知っているが……)

言葉の意味を計りあぐねキースは首をこてんとかしげた。
「年俸しっかりいただいてまだ契約残ってるの。
何が言いたいかわかる?」

振り向いたリツは真顔だった。

「妊娠するようなことしないで」

ヒュっと何かが頬をかすめた。

そろりと後ろを見れば、壁に影が刺さっていた。

「リツ……」

「契約金返せとか違約金払えとか言われたら流石に私泣く。ヒーローやめてCM降板でCMのシーズン契約の違約金まで発生したらホント払いきれないから」

「すまない……」

すっかり乾いた頭をなで腕の中に閉じ込めた。

すん、と肺腑いっぱいにリツの匂いを取り込む。自分と同じ匂いに思わず口元が緩んだ。

「な、なにしてるのキース?」

するりと腕の中から逃げられてしまった。

目が青い。青い光をさらに赤がふちどる。

「リツ? もしかしてネクスト能力暴走気味なんじゃ」

「……平静を保てという方が難しいよー!!」

目が覚めてからなるべく冷静でいようと自らに言い聞かせていたリツだったが、ついに限界に達したらしい。
リツの足元、影からどろりと黒い影が溢れ出る。
床を侵食し、壁を染める。ライトもチカチカと点滅し消えてしまった。

急いでリツに触れようとするが真っ黒な壁が床からせり上がり阻まれる。

「わあ、約一年ぶりだねっ、これは」
「うう……平静平静……深呼吸……」

リツとキースのあいだを隔てていた黒い壁がどろりと融けた。

同じことを何度か経験しているジョンは真っ先に玄関に退避した。

(いい判断だ、ジョン)

「し、深呼吸、深呼吸。」

リツはブツブツとつぶやきながら祈るように手を胸の前で組んでいる。

全くキースを見ていないのに的確に攻撃が飛んでくる。

紙一重でよけながらキースはリツに手を伸ばす。

「!」
(な、なにこれ……)
キースが二重に重なって見える。
かすかにずれた姿の片方の首にリツの影が巻き付き、キースの顔は苦悶に歪んだ。

(どうしようっ!)

「くっ!」

手を伸ばしたキースの手首に影が巻き付いた。ぎりぎりと締め付けられ痛みが走る。

「リツ!」

締めつけられ痛むが必死でリツに手を伸ばした。
(触れさえすれば、リツのネクスト能力は消えるはず!)

肩を捕まえ引き寄せて頬にキスをする。

ピタリ、と影は止まり、さっと溶け消えた。
そのまま手をとり指を絡ませる。

「もう、そういうのやめてってば」
(もう片方のキースも消えた……?)
触れられると同時に影も幻覚も消えた。

「えっ? どうしてだい?」

「あのね、キース。
昨日はそのー、まあ、あんなことになっちゃったけど、私はキースとそういう関係にはなるつもりないの!」

「わかった。半端な関係はダメなんだね。結婚しようリツ!」

「ちっがぁあああああう!!!!」

手を握っていてよかったと思えるほどリツは動揺していた。でなければまた能力が暴走していたかもしれない。

「キース、落ち着いて聞いてね」

「私は落ち着いているとも! 責任はきちんととるつもりだ!」
「私は昨日の夜のことは忘れるから、キースも忘れて」
「そんな! 私は忘れたくない!」

必死で訴えるもリツは首を振った。
「お願い『スカイハイ』」
「!」

スカイハイ。
あくまでも仕事上の関係を第一にして欲しいとリツはキースをヒーローネームで呼ぶ。

「スカイハイ、私もあなたもポセイドンラインのヒーローです。
スカイハイであり相棒であるあなたを大切にしたい」

真摯な目で訴えられキースはたじろいだ。

「そんな……そんなこと言わないでくれリツ……」

ネクスト能力が暴走しないようにと握っていた手をそのまま引き寄せ、キースはリツの頬に手を当てる。
そのままキスをしようとするが、リツは腰を落として避けた。

「スカイハイ、キスはダメです」

(キ、キス禁止?)

「オデコだろうがほっぺだろうが禁止。あともちろんそれ以上のことも。」

「それは無理だ」
至極真面目な顔でキースは応えた。

「ダメなものはダメです」
「リツ、無理やりしたのは悪かった!
本当に済まない。だが、ずっと君のことが欲しかった! 好きなんだ!」

キースの真っ直ぐな言葉にリツは耳まで真っ赤になった。

「やっと手に入れた君を離すつもりは無い」

「いや、あの、私の気持ちはどうなるんですか……」

「心配ない、時間をくれリツ。君を惚れさせてみせるよ!」

決意も込めて高らかに宣言し、困ったような顔のリツに口付けた。


「だからそれやめてってばっ!」







オマケ


「馬鹿ねアンタ。プロポーズするのに指輪も用意しなかったの?」

「いやあ、急だったものだから……」

「ナニソレ。流れでプロポーズしたの?それって一番最悪!」

「そ、そうなのかい?」

「あのねえ、せめて素敵な場所でプロポーズしなさいよ……今日指輪でも買って、プロポーズやり直しね」




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