▼ 27 君の姿を盗み見ながら
通されたリツの部屋でイワンはそわそわしていた。
女の子の部屋に(寮は別として)入るのは初めてで、なんだか落ち着かない。
整頓された室内。
飾り気は全くなくて、壁には布で覆われた長い何かが何本か立てかけられていて、その横には額縁に入れられた賞状が飾られるわけでもなく何枚か重ねられてダンボールから顔を出していた。
更に本棚の上にはトロフィーやメダルが置かれていた。形状からして格闘技などのようだが、すべて日本語で彫られておりイワンには読めなかった。
本棚の中身も辞書と、あとは日本語でさっぱりわからない。
(あ……写真だ)
コルクボードに貼られた写真。
日本で撮った写真なのだろう。
袴姿、道着姿、制服姿で母親と祖父母と思しき人と写っている写真もある。
(これは……友達かな)
肩を組みピースをしている写真。
教室で黒板の文字をバックにしてリツは色紙の寄せ書きを持って写っている集合写真。
(そっか……リツはニホンにいたんだもんね……)
どれも楽しそうに笑っている。
住み慣れた土地を離れて、友達と離れ離れになって。
(ヒーローを目指すわけでもないのにリツはなんでシュテルンビルトに来たんだろう)
イワンは首をかしげた。
ヒーローを目指すためにわざわざ住み慣れた所を離れるならわかる。
けれども、リツには一体何のメリットがあってシュテルンビルトに来たのか、イワンは不思議に思った。
(親の都合ってだけ?)
だとしても祖父母の元に残るという選択肢もあるだろう。
(……僕が考えても仕方ないよね)
どんな理由があるにせよ、リツがニホンを離れてシュテルンビルトに来、ヒーローアカデミーに入学していなければ出会うこともなかったのである。
イワンの中で既にリツの存在は今更なかったことにはできないほど大きくなっている。
だからこそ何故ニホンを離れたかなど考えたところでその理由はイワンにとってどうでも良いことだった。
理由はどうあれ出会えて仲良くなれた。
欲を言えばもっと親密な関係になれたら、とも思うが、そこまでの勇気は出ない。
「イワーン、おまたせー」
「!」
反射的にイワンは姿勢を正した。
「ああ、写真?」
(あ……ばれちゃった)
「ニホンにいた時のだよ。友達との写真だけだからあんまり珍しいのはないけど」
リツは懐かしそうに目を細めた。
「さ、リビングでDVD見ようよ。 いろいろあるからさ、イワン選んで」
袖を引っ張り立たせ、父親の痕跡を片付けたばかりのリビングへと案内する。
「……リツのお母さんってほんとにステルスソルジャーが好きなんだね」
一歩リビングに足を踏み入れた途端のイワンの言葉にリツは苦笑いを浮かべた。
「ママのステルスソルジャー好きは筋金入りだよ」
(二十年以上の付き合いだからね……)
大きな液晶テレビの周りを埋め尽くすように置かれたステルスソルジャーのマスコット。
ぬいぐるみにフィギュアなど、今はもう販売されていないものもあり、こまめにせっせとリツの母親は手入れをしている。
「どれ見ようか」
本棚の約三分の一を占めるジダイゲキフィルムにイワンの目は輝いていた。
*
映画館のように部屋を暗くして、DVDを見る。
お菓子をつまむついでにイワンの顔をちらりと盗み見れば、ごく真剣な表情で画面に見入っていた。
「……」
液晶テレビの光に照らされたイワンの横顔に昨夜のイワンが重なって見えた。
(やっぱかっこいいよなぁ……)
いつも顔を隠すように垂らしている前髪がセットされた昨夜のパーティ。
その姿は強烈にリツの目に焼き付き、ことある事に蘇ってくる。
その度に主張してくる心臓をなんとかなだめ、リツは素知らぬ顔を取り繕うことに必死だった。
ふと思い立ち、リツはそっとソファから離れた。
カバンからデジカメとアンリから受け取ったUSBを取り出した。
昨夜の写真をプリントアウトしてしまおうと、リビングの端にあるパソコンを立ち上げメモリを挿した。
その後ろ姿をイワンはチラチラと見ていた。
正直、イワンは映画どころではなかった。
ジダイゲキフィルムを見れるのはとても嬉しい。
今再生されているのはレンタルショップでは取り扱いがなく、シュテルンビルト在住でこのジダイゲキフィルムを見ようとするならば海外から取り寄せるしかない。
そんなレアなジダイゲキフィルムにイワンのテンションは上がりっぱなしだったが、
しかし隣に、至近距離にリツがいるのである。
3人がけのソファのギリギリ端にイワンは座ったが、リツは気にすることなくイワンのすぐそばに座った。
体は触れていないものの、リツの抱えたクッションがちょこちょこイワンの体に当たる程度には近かった。
リツがテーブルのお菓子に手を伸ばす度、肩が、肘がイワンの服を掠めるのである。
そんなことくらい、と思うかもしれないが、イワンにとっては昨夜の事も相まって平静ではいられなかった。
そして今日はクリスマスである。
クリスマスは家族と過ごすのが一般的なシュテルンビルトだが、
イワンは知っている。
ニホンでクリスマスは恋人と過ごすイベントであることを。
二人は付き合っていない。
今日は衣装を返してリツの服を取りに来たついで。
それでもイワンのパートナーになるまで律儀に他の誘いを断り、
ダンスを一から教え、何から何まで世話を焼いてくれたリツが全くイワンのことをなんとも思っていないなんて、
そんなことはないよね、とイワンはほんの少し期待を抱いている。
(せっかくのクリスマスだし……こ、告白したら……いやいやいやっ! やっぱり無理! 僕なんかがおこがましい……)
断られたら悲しい。この友人関係すらなくなったらと考えるだけで胸は締め付けらるように苦しいし、じわ、と涙腺から水分が分泌される。
そして何よりリツの『ヒーローを目指す人は恋愛対象外』発言がイワンにずっしりとのしかかって離れないのである。
リツは特に変わったこともなくいつも通り。
意識をしているのはやはり自分ばかりなのかと、
様々なことがぐるぐると何度も頭の中でループして、イワンは至極真面目な顔をして前方のテレビ画面を見つめるしかできなかった。
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