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▼ 26 僕だって健全な男子なわけだし

シュテルンビルトの街中はクリスマス一色だ。

ショップのウィンドウには白のスプレー塗料でサンタやリースなどが描かれているし、わざわざヤドリギを吊るしている店まである。
まだまだ午前の早い時間なので営業している店舗は少なく人通りもあまり無いが、それでもなんとなく街全体が浮かれているような、そんなクリスマス独特な空気が満ちていた。

リツに連れられイワンはゴールドステージにあるナゴミ本社のビルに足を踏み入れた。

夜のショーに向けてか、社内はあちこちを競歩のような速度で移動する人々が多く慌ただしかった。

「はぁい、メリークリスマスリツ、イワンくん」

「おはよーアンリ。 昨日はありがとう」

はい、とリツとイワンは衣装の収められた化粧箱をキャリーから外して渡した。
それをそのまま台車に載せかえ、アンリの部下と思われる人がそのまま運んで行った。

「素敵だったわよぉ! リツはともかくイワンくんとってもハンサムでキュートで、もう惚れちゃいそうだったわン」
「未成年に手を出さないでよね」
「あらン、そこまで節操無くなーいわよン」

ぱちん、とアンリはイワンにウインクをした。

「これ、昨日の写真のデータよ。 ムービーも入ってるからねン」
「わあ! ありがとうアンリ!」
「どういたしまして。 それよりアンタ、もう少しダイエットなさい」

リツはアンリからUSBを受け取ると半歩下がった。

「アンタ、2号がキツイってどういうことよ」
「さて、これからまだまだ予定がありますのでこれにて「筋肉だけじゃないわねぇ、アンタのこの腹!」

急にドスの効いた声になり、ぼす、とリツの腹部にジャブが入った。
「っおうふ」
「そもそも、あんたのせいでダーツの調整しなくちゃなんないのよ!帯も!これから仕上げなくちゃいけないのよ!」

ハイブランドのモデルは1号サイズが基本だ。
しかし最近とあるブランドが0号などというサイズを発表したがためにモードの既製ラインの最小サイズが変わり、モデルたちはこぞってーー否、躍起になってダイエットをしている。

「えー、急にもかかわらず対処していただきまして本 当 に感謝感激至極でございまして……」
「せめてキツくて吐きそうでも1号着られるようになるかもっと早めにオーダーなさいな」

もっと早めに。

リツは苦笑いで濁す。

イワンがリツを、もしくはリツがイワンをさっさと誘っていればもっと早くにオーダーできたかもしれない。
けれども一応リツも頑張った結果なのである。


「はは……来年は、そうだね、うん。」

そっと目をそらし、リツはイワンの手を握った。

「アンリ、メリークリスマス! 良いお年を!」

これ以上ダイエットだなんだと説教されてはたまったものではない。
メリークリスマス、と片手を上げてアンリの言葉を遮り、リツはイワンの手を引いて走り出した。

バタバタと会社のエントランスを走り抜け、ガードマンに見送られ更に50mほど走ったところでリツはやっと立ち止まった。

「いやー、ごめんね。 アンリの説教長いからさ!」
「う、うん、女の人って大変なんだね」
「私は普通体型でいいよ。1号とか骨格からして無理。うん。
その点イワンはいいよねえ、細身でスタイル良くて。
最近筋肉ついてきたよね」

ペタペタとリツはイワンの両の二の腕をコートの上から触る。

「っリツ……」
「男の人はいい筋肉つくよねぇ。後で触らせてよ」
(さ、さわっ!? リツが……ぼ、僕の体を、さわる……!?)

ぶわ、と顔が熱くなった。
服の上から。わかりづらいと文句を言って薄着で触ったり、直接触ったり。
二の腕、腹筋、背中、胸。
服の中に手を入れて、なでたり、掴んだり、揉んだり。

いろいろな想像が一瞬でイワンの脳裏を駆け巡り、なんだかいけない方向に行ってしまいそうになりイワンはブンブンと頭を降った。

「そうだ、DVD見ながら食べるの買っていこ……イワン?」
「へぁぃいっ」
思わず変な声が出た。











リツとイワンはスーパーマーケットで食材とお菓子、ジュースなどを買い込みリツの家へと向かった。

ウエストゴールドのマンションの一室がシュテルンビルトでのリツの実家にあたる。
実家というほどまだ馴染みはないが、それでも就職はこちらに決まっているのだからそのうち慣れるだろうとリツはあえて実家と表現している。

「ここ私の部屋。 ちょっとリビング片付けてくるから座って待ってて」

帰れば案の定誰もいない。
セントラルヒーティングのスイッチを入れ、リツはイワンを残して私室を出た。

買ってきた食材をキッチンに置いて、冷蔵庫にしまうこともせず急いでリビングの『物』を回収する。

父親が写っている写真すべてだ。

母とツーショットのもの、リツを入れた三人で写っているもの。
ヒーローグッズはいいとして、元ヒーロー現顔出しでコメンテーターをしているステルスソルジャーが父親だと知られるわけにはいかなかった。

父親がステルスソルジャーであることは絶対秘密だと言い聞かされて育ったと言うのもあるが、それ以上に身内にヒーローがいるというのが知られると面倒くさいのである。

イワンにならそのうち打ち明けてもいいかな、とも思えるようになってきたが、今日のところはカミングアウトしなくてもいいだろうとリツは結論を出した。

写真立てをすべて回収しキャビネットの中にしまい込む。

取りこぼしはないかとぐるりとあたりを見回し、よし、とリツは頷いた。


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